どらもっち

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12/7/2022, 10:21:26 AM

部屋の片隅で


あれからどのくらい時間が経ったのだろう。そもそも “あれから” とはいつからだ。いったい今日は何月何日で、今は何時何分なんだ。大丈夫、ちゃんとわかる。わかっているはずだ。大丈夫だよ。

後先も考えずに、周囲の環境から逃げるように引き籠った。人目も憚らず、全ての連絡手段はごみ箱へ落としておいた。逃げるは恥だが役に立つとはまさに。そしてそれは自分自身との対話に全てを注ぎ込み、見えている答えに触れないようにただ時間を浪費するだけであると気付いたのでもあった。このままがいい、このままでいいわけがない。大丈夫ではないのかもしれない。

時折、窓の外から聞こえる道路工事の音や、隣家の子供があげる奇声で、望んでいない現実に帰ってくる瞬間がある。その際に日付と時間を確認する。そこでようやく、今はもう冬なんだと知る。大切だった季節を感じる感覚はもう失くしてしまっていた。いったいこの感情は何処へ流れ着いていくのだろう。誰かに大丈夫だと言いくるめて欲しかった。

小さなこの部屋だけが、自分だけの味方をしてくれている。欲望のままで居たって、絶望の淵を覗き込んでいたって、何も変わらないでいる。営みは破綻しても生活は送らせてくれる。四方は歪んで真ん中はもう無くなっていても。大丈夫なのかな。

部屋の片隅で小さく言い放つのは、行動には移せない既視感たっぷりの希死観念。今日は何月何日で、今は何時何分なんだろう。大丈夫、ちゃんとわかる。わかっているはずだ。大丈夫だよ。

11/30/2022, 12:09:24 PM

泣かないで


数年振りの扉は想像よりも重たく感じた。そこへ足が向くまでに何万回の葛藤があったのだろう。

体重をかけながら扉を強く押した。世の中にはこんなに沢山の人間が鼓動を鳴らしているのかと思い込む位には、そこは息が溢れていた。あなたは笑顔だった。と同時に自分は体温がどんどんと下がっていく気配がした。

想像と違っていたり、理想を求めていた数分前の自分には、どんな言葉をかければいいのか解らなくなった。

正解は無い物ねだりだとしても、自分には見付けられなかった。ただ、あなたは笑顔だった。それだけで良かった。

どうか心よ。泣かないで。もう何も無いし、行き着く場所はない。ここであなたが笑顔で在るならば、それが答えなのかもしれないね。

踵を返す足取りは事実よりも重たく感じた。振り向いた先の扉の暖かさに涙は零れなかった。夜の風が吹き込んでくる。冷たく纏わりつくそれは、優しい気持ちがした。

11/28/2022, 12:55:11 PM

終わらせないで


「君の好きなお菓子だったよね」
そう言ってあなたは伏し目がちに、ニヤリとしながら突き付けるように手渡してきた。
いつの間に知ってくれていたのだろう、と相手の頭の中を探りたくなる気持ちを押さえて、真っ直ぐ瞳を捉えながら受け取った。

2人は、少し厚手の上着を羽織って、街の灯りを頼りに目的もなく夜を歩き続けていた。
金木犀が咲き溢れる度に、香りを巡って彷徨ってしまう。

あなたは秋。季節を当てはめてしまったその瞬間から、手放せなくなってしまったよ。

追い越して、追い付いて、願わくば振り出しへ戻りたくはない。
どうか、終わらせないで。

11/23/2022, 12:54:19 PM

落ちていく


カーテンを開けると酷く空が曇っていた。どうやら今日は雨らしい。
充電ケーブルに刺さったままの携帯電話を使って天気予報を調べる。外にはもう既に雨音が聞こえ始めているのに。何故だか自分で調べて "今日は雨だ" という確証が欲しくなる。そんなことしたって何の意味もないのに。
目で見ても耳で聞いてもやはり今日は雨だった。

雨だから憂鬱、というのは外に出る用事があればこそだ。小さく狭いこの部屋から飛び出す予定もなければ、雨音は心地良い。世の中とは隔離されているみたいで、全てが他人事のようだ。
天気予報を調べ終えると、無意識で開いてしまう小さな水槽のようなスペースは、幸せや不幸せな情報がすごい早さで泳いでいる。
今日だけは自分とは関係ないと思いたい。

意識が流されていくように視線を窓へ向ける。ガラス一枚隔てて見るだけで、自分のスペースを認識する。心は窮屈だと感じる。息苦しさは、マスクやアクリルがないと他人とは接する事が出来ないみたいに。と同時に息苦しさの中に安心も覚える。きっとこれは言葉にしてはいけない、と錯覚させる。心は荒んだのだろうか。

雨粒が窓を伝って落ちていく。ガラス越しに指でつついても、そのペースは変わることなく自分の早さで落ちていく。それを美しいと思う。きっとまだ大丈夫なんだろう。
「そっか雨なんだよな」
誰もいない部屋に放ってはみるものの、透明になって吸い込まれていく言葉。静寂を守る時間に嫌気が差した。
深く潜る為に瞼を落とす。カーテンは開けたままで。

11/22/2022, 5:22:07 AM

どうすればいいのか


振り返るという言葉の対義語を探し始めてからというもの、一向にカチッと自分に当てはまる言葉が見つからない。
前に進むという言葉が一番初めに浮かんだ時に、「自分の言葉選びの引出しはこんなにも小さくて狭いのか」と嘆いてしまった。
というよりも "その言葉" が嫌いという前提の元に探しているからである。

頭の中での動作は浮かんでいる。
爪先を押し上げて少し背伸びをして、おでこに手の平が垂直になるように当てる仕草だ。俗に言う遠くを眺めるポーズというものなのだろうか。
なぜこんな仕草が浮かぶのか。
とても振り返るという言葉の対義的なニュアンスには向いていないような気がする。
そもそも言葉ではないな。

この言葉を求め始めてから不安な一面も覗いている。
知りたい見つけたいという欲求だけでこの意味を探しているだけなのに、知ってしまった時の心情を浮かべると、居ても立ってもいられなくなる。どうすればいいのか。
どうもしなくていいのだ。
探している事が幸せなのだ。きっと。
そこまで理解している上で、どうすればいいのか、を解ったように知らんぷりする。これもまた面白いのだ。
どうもしなくていいのだ。

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