『   』

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1/14/2023, 10:19:01 AM

出来損ないだった

そのことに気がついたのは、同時に孵化した同種たちが青空へ飛び立つ中、僕の視点がその背々(せ)を視界から上へと追い出した時だ


僕は地面に打ち付けられた
生まれたての身体、もとい僕の片羽はうまく乾かなかったようで、半分欠けていた

今日も同種が忙しなく羽を擦り合わせている
僕はそれができないので、ただ日陰のぬるい地面に横たわっていた


ーーー

身体の浮遊感があった
地面よりももっとぬるく、水気のある柔らかなものに包まれて、僕は生まれた地面のそばの木の枝に欠けた羽と共に移動させられた

君がその木の中で1番空に近いところに乗せてくれたのは、どうしてなのだろう

11/25/2022, 12:00:50 PM

太陽の下なんていったら焼け死ぬじゃん

君が周りから太陽みたいな人だね!って言われて調子にのったとか、まさに天照に相応しいとか、今にも献上されそうだとか、そういうのはどうでもいいけど

とりあえず、君が焼かれるのはみたくないわけ、焼けた死体を見せられる方のことを考えてね

そんなわけで、こっちに戻っておいで
あいにくこっちの方には、太陽みたいなあったかい日差しはないけどさ
そっちの道よりかは幾分楽しいかも、湿った地面さえ我慢できればね


何、そっちにいきたいから縄を解けだ?
もー、手のかかる奴だなぁ



10/1/2022, 11:58:07 AM

ずっと昔、黄昏を盗んだ人がいた。

世界中の人があんまりにもその光景に思いを馳せるものだから、自分のものにしてしまおうと思ったのだろうか。そんなことをしたって何も変わらないことくらいわかってたと思うけどね、泥棒も。
でも、誰の心にも平等に残り続ける黄昏が羨ましかったのかも。何となくそういう気持ちになるのは理解できるかな。

まぁ黄昏泥棒がロマンチストかどうかなんてどうでもいいんだ。
今私たちはこうやって美しい夕日を拝むことが出来ている。
なぜかって。

そう時も経たないうちに、黄昏は返ってきたんだ。
数日黄昏を見れなかった人々は、それはそれは喜んだよ。帰ってきた夕日は、さらに美しさを増していたそうだ。

実を言うと、黄昏が盗まれたのはこれが初めてじゃない。時代の節々に盗まれては、すぐに返されている。盗んだ泥棒だって、誰1人として捕まっていないんだ。

さっき夕日は美しさを増して帰ってきたって言ったろ。あれは幻覚でも、夕日好きのフィルターがかかって盲目にさせていたのとも違う。
本当に、美しくなっていたんだ。

私は思う…というか確信しているんだけどね。黄昏泥棒はみんな、あの夕日の贄になったって。
神秘的で謎めいていて、近くて遠い光。
多分もっともっと昔は、泥棒だけじゃなくて、色んな人を取り込んでいたんじゃないかな。それこそ科学なんてものはなかったわけだし、気象を神の御心だって信じてた。

人間は今よりもっと太陽に近い存在で、文明が発達するにつれてその距離は遠のいた。
しかしいまだに、あの夕日に惹かれる人は後をたたない。今でもずっと、私たちを呼んでいる。

…どこに行くのかって
野暮なこと聞かないでよ、ほんと

まだわからなくていいよ
僕たちはずっと、たそがれにいるから


『たそがれ』より

9/30/2022, 11:10:30 AM

きっと明日も、私はあなたのサラダボウルにケチつけて、あなたは「ごめんごめん」と笑いながら謝るのだろう

きっと明日も、あなたは私の苦手なアップルパイを焼くのだろう

きっと明日も、私とあなたは肩を並べて、ああでもないこうでもないと、生ぬるいパスタを作るのだろう

きっと明日も、膨れっ面の私にあなたは気が付かないふりをして、オムライスに『NAKANAORI』と書くのだろう



きっと明日も、私はあなたのいないキッチンで、空腹を感じることすらないのだろう




『きっと明日も』より

9/30/2022, 10:53:01 AM

カラン、と壊れた鈴の音が響いた。不思議と不快感はなく、むしろ故郷を想い出させる、懐かしい耳当たりだった。
真っ白な部屋の中央には、小さなテーブルと2つの椅子。その片方には綿飴のような黒いモヤが人の形を成して座っていた。
ここはどこ、あなたは誰、そんなこちらの疑問を全て理解したかのように、にも関わらずモヤは言った。

まあまあ、とりあえずお向かいにどうぞ
人助けだとでも思って、私の雑談に付き合ってくださいな

緩慢な動作で席に着くと、それに合わせるかのように、モヤはゆったりと話しはじめた。




とある部屋の話をするね


その部屋は、人生において一度だけ訪れることが出来る部屋で、そのタイミングは唐突。誰にもわからない。当の本人も、神様さえも。
そんでもって、部屋の中は人によって異なっているらしいんだ。

私の家族を例にだすとね
私の母は、趣味の読書が高じてドラマのセットのような、いかにも作家の部屋らしい重厚な部屋だった。
わざわざ海外から洋書まで取り寄せるような人だよ。4,5ヶ国語くらい文字を書き分けているところはみたことあったけど、喋るとなるともっと何ヵ国語も喋れるみたい。ね、結構すごいよね。私もこのことを知ったの、割と最近なんだけどさ。

それから
父は厳しい人でね。いつも家族の前ではむすっとしてて、まるで人に興味がないんだ。
でも父の部屋は、その性格からは想像もつかないほどの、おびただしい量の船や飛行機のプラモデルが陳列する部屋でね。
人の世界で生きるには優し過ぎる性格してたのかなって、最近話してて気がついたよ。家族の事もちゃんと愛してくれていたし、私はまぁ、父にも普通の男の子らしい憧れがあったことに安心したかな、逆にね。

あと
妹は、お気に入りのぬいぐるみやら、母のおさがりのアクセサリーやら、キラキラしたなにかやら。親みたいに統一性はないにしろ、収集癖のある、歳相応の可愛らしい部屋だった。物持ちをみるあたり普通の女の子なんだけど、時々私よりすごく大人びたことを言うことがあって、だから所々ぬいぐるみたちに混じってる、表面的にみれば少し理解し難いものも、彼女がよく本質を見抜く子だっていうのを表してるんだなって、思ったりね。

そうそう
友人なんかは、その部屋で恋人と会ったらしい。生物もありなんだね。
今でこそジェンダー、同性愛諸々あるけど、私の友達の国は当時、それは犯罪であり病気だなんて言われてて、ね……。友人は私の国に逃げることが出来たんだけど、友人の恋人は…。
まぁ全てを言わなくても貴方ならわかってくれるから、これ以上は言わないね。大丈夫、友人達は今ちゃんと幸せだよ。2人を見守っていると、羨ましいなって思うくらい。

私?私の部屋だって?
よく聞いてくれたね!私の部屋はね……


私の部屋は、何もなかったんだ。


色すらなくて、でもないってこともなくて、準透明って言うのかな。よくわからない、面白くなくてごめんね。

私は自分の世界を愛していた。
私が生まれた世界は、私が成人するよりも前には結構どうしようもなくて、私の国に至っては、多分近い未来国が破産して国を保つことは難しいだろうって言われてる。文明が発達するのに比例するように、他人(ひと)が他人(ひと)を簡単に貶めるような世界。それでも、人を信じたいって気持ちが一欠片だけ残ってる。
世界の寿命を延ばそうっていう取り組みより、破壊行為スピードの方が速すぎた。
子供と働き手が急減し、腰が曲がるほどの寿命を得た人が急増した。
政治家は「国の未来」より「現在の票」を求めている。
かつての幼子は若人に成長し、彼らは自身の声が国はおろか、誰にも届かないことを知った。
自分がいる場所に未来がないこと、外へ飛び立つ為の金も学も力もないことを憂い、みんな自分から逝った。

私はその時思い知ったんだ。自分は世界を愛しているのではなく、愛している「つもり」であったと。
私が好きになった、世界や身直に溢れる様々なものは、私たちの手自身で壊してしまっていること、今の生活の営みになんの意味もなかったこと、みんなそれに気がついてて、私だけ知らなかったこと。
つまり私は、家族も友人も世界も、何も愛せなかったんだね。あれだけ長く喋っておいてね。
さっき友人が羨ましいって言ったでしょ、私、誰ひとりとして人を好きになれなくて、もしかしたら私はそういう部類の人間なのかもしれないけれど、なんだかいまだに人を好きになりたがってる自分がいる気がしてね。往生際が悪いよねぇ、自分でもそう思うよ。だってそれを諦めたら、もっとずっと、私は私を苦しまさずに済んだのに。
まぁでもその後は良かったかな。部屋から出た後のことだよ。今までで1番暖かい日の下を歩いてここに来られた。
家族にはもう既に先立たれてたから、誰かが丁寧に、といっても心当たりが1人だけいるけど。手厚く送ってくれたんだね、感謝しなきゃ……

…え、なんの話をしているかって?部屋の話だけど……
…そうじゃない?一体何の話を……
……
…………。

そーか、君は……、


ーーーーーー


その部屋は、静寂の部屋と呼ばれている。
亡くなった人の棺に花を一杯に添える時、その人が最後に見る夢のこと。
子供から老人まで、誰もが必ず一度訪れることになる、最初で最後の部屋。
そこから火をもって送りだされるまでの、わずかなひととき。
その人の全ては何一つ遺ることはない。
永遠の沈黙をもたらす部屋。


『静寂に包まれた部屋』より

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