『   』

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ずっと昔、黄昏を盗んだ人がいた。

世界中の人があんまりにもその光景に思いを馳せるものだから、自分のものにしてしまおうと思ったのだろうか。そんなことをしたって何も変わらないことくらいわかってたと思うけどね、泥棒も。
でも、誰の心にも平等に残り続ける黄昏が羨ましかったのかも。何となくそういう気持ちになるのは理解できるかな。

まぁ黄昏泥棒がロマンチストかどうかなんてどうでもいいんだ。
今私たちはこうやって美しい夕日を拝むことが出来ている。
なぜかって。

そう時も経たないうちに、黄昏は返ってきたんだ。
数日黄昏を見れなかった人々は、それはそれは喜んだよ。帰ってきた夕日は、さらに美しさを増していたそうだ。

実を言うと、黄昏が盗まれたのはこれが初めてじゃない。時代の節々に盗まれては、すぐに返されている。盗んだ泥棒だって、誰1人として捕まっていないんだ。

さっき夕日は美しさを増して帰ってきたって言ったろ。あれは幻覚でも、夕日好きのフィルターがかかって盲目にさせていたのとも違う。
本当に、美しくなっていたんだ。

私は思う…というか確信しているんだけどね。黄昏泥棒はみんな、あの夕日の贄になったって。
神秘的で謎めいていて、近くて遠い光。
多分もっともっと昔は、泥棒だけじゃなくて、色んな人を取り込んでいたんじゃないかな。それこそ科学なんてものはなかったわけだし、気象を神の御心だって信じてた。

人間は今よりもっと太陽に近い存在で、文明が発達するにつれてその距離は遠のいた。
しかしいまだに、あの夕日に惹かれる人は後をたたない。今でもずっと、私たちを呼んでいる。

…どこに行くのかって
野暮なこと聞かないでよ、ほんと

まだわからなくていいよ
僕たちはずっと、たそがれにいるから


『たそがれ』より

10/1/2022, 11:58:07 AM