非常にまずいことになった。
あと数時間で訪れるだろう脅威に私は焦っていた。
先程まで穏やかだった心臓が、今は絶えず脈動している。
「うわ〜何?頭抱えてる。面白。」
私の深刻な様子を見ても、我関せず話しかける人物。
そんなの1人しかいない。親友の莉奈だ。
「うう…日本史の小テスト、今日だって忘れてた…!」
「あーあ。やっちゃったねー」
私は日本史の授業は常に寝ていて、ノートには文字1つ書き込まない最悪の生徒だった。
そんな状況を分かっていて、莉奈は恐ろしい交渉をする。
「貸してください莉奈様!って懇願すればノート貸すけど?」
「うわあ、もうこの際ネタにされてもいい!ありがたくお借りします莉奈様!」
「こうも素直だと面白くないなぁ…ちなみに範囲はp150〜160ね。」
普段は私をおちょくってばかりの存在が、まさかこの危機的状況を照らす一筋の光になるなんて…しみじみ思いつつ、私はノートを借りた。
***
「…よし。10ページ分の暗記終わり!どんな問題でもかかってこい!」
お昼休みを返上し、ひたすら暗記に努めた私だ。
これなら満点も夢じゃない。
私は期待とともに、日本史の先生が来るのを待つ。
ドアの開く音。
「はーい日本史の授業始めますよー。まずはp160〜p170の小テストから。はい、プリント後ろに回してー」
は?
範囲が全く違う。
全身が冷たくなる感覚。
一筋の光なんてとんでもない。
私が掴んだのは…
親友の方を振り向く。
「間違えた範囲教えちゃった。てへぺろ。」
そう言わんばかりの表情に、私はどんな顔をすれば良いか分からなかった。
スペースの余るファミリーカー
誰一人いないドライブイン
ペンキの剥げた観光地
戻らぬ時の残酷さ
お題「哀愁をそそる」
「はいちょっと横しつれーい」
鏡の前でドライヤーを使う私の横に、弟が割り込む。
普段はただただ大きいなと思う図体だが、私と並ぶとより厳つく見えた。
…こんなに似てなかったっけ。
歯ブラシを取るついでに鏡の前で髭と髪の調子を整える弟だったが、かつて兄弟でならんだ時とは全く違う。
弟は仕事を始めてから、表情も何もかも変わった気がする。
私自身も、少しづつ変わっているのだろうか。
髪を乾かしながら、自分では変化の分からない顔をじっと見つめる。
もしかしたら、鏡の中の自分以外に向き合うべきものがあったのかもしれない。
しかしどれだけ考えたところで、鏡の中の自分は返事をしないだろう。
夜の神は優しい
私たちの捧げ物が
ホットミルクからお酒になっても
美しい物語から無意味な短文の渦になっても
変わらず夢を見させてくれる
お題「眠りにつく前に」
「永遠って…なに?」
「いきなりどうしたの?」
突然投げかけられた哲学的問いに、私は動揺する。
「いいから答えて。」
「永遠でしょ。ずっとやいつまでもって意味じゃない?」
友人は眉間に皺を寄せ、口元に手を当てた。
「そう。それが問題。ずっとやいつまでもが"永遠"に置き換えられるせいで、永遠の価値は矮小化されたわ。」
「うーん…ちょっと分かるかも。ずっとやいつまでもって、大抵条件があるからね。卒業しても、とか死ぬまで、とか。でも永遠に条件は存在しない。」
永遠とは何なのか…自分の意見を話してみて、改めて疑問に感じ始めた。
私の答えを聞き、友人は満面の笑みを見せる。
「流石私の親友。理解が早くて助かる。」
しかし、私には気になることがある。
「でも、永遠の持つ価値が失われたところで、あなたに何の問題があるの?」
「無いわ。でもね、永遠なんて誰も行き着いていないものを、そう簡単に使っていいのかって思うの。」
随分と真面目でご苦労なことだ。だからこそ、ウィットの効いた会話を楽しめる。
「なるほど…今日は楽しい哲学談義が出来たわ。こんなやり取り、"永遠に"続けたいものね?」
「ふ、馬鹿みたいね。永遠なんてもの、私たちの間に存在する訳ないじゃない。」