桃の木を植えよう。
天女を舞わせて、芳しい香りを纏わせよう。
全ての生き物に食物を。飢えも争いもなくし、
いつも穏やかに笑いあおう。
ここに招けるのは誰だ?
理想郷を許されるのは、理想の人間しかいない。
屋根裏にて、私は寄せ書きのようなものを見つけた。
「うわ時代を感じるなあ…この名前、お比佐?ってたぶんママの事だよね。そんな風に呼ばれてたんだ。」
私の母の名は比佐子。
でもまさか、お比佐と呼ばれてたとは!
「むっかしの少女漫画の中でそんなあだ名があった気がするけど、実在してたとはね。えーこれ娘に見られていいの?」
一文一文読んでいく。
母は文芸部の友人にも、クラスの友人にも慕われてたみたいだ。
「いいなあ。」
私の思い出は引っ越しの時捨ててしまって、振り返る機会を失っていたから。
「温かい気持ちにさせてくれてありがとう、ママ。」
お題「懐かしく思うこと」
「はー…よかった!」
この充実した読後感。
今回読んだ小説は、友達0人で無趣味のOLがありのままの自分を肯定するまでの物語だった。
日々を無為に過ごす自分と主人公が重なり、自分も救われた気がしている。
これを書いた人とは気が合いそうだ。
さっそくSNSで作者の名前を検索する。
「○○、と…おー出てきた。あ、既婚の方なんだ。」
かすかに胸のざわつきを覚えたが、無視して続ける。
「家族の写真も。あ、このカフェおしゃれ。自撮りもある、可愛い人だな。」
メディア欄を眺めるのにも飽きてきたのでスマホを閉じる。
先程まで高揚した気分でいたのに、今ではすっかり冷めてしまった。
脇に置いた本に目をやる。
この本、どうしようかな…メルカリにでも売るか。
お題「もう1つの物語」
衣擦れの音。
俺は暗がりから起き上がり、得物を手に息を潜めた。
全く油断も隙もない。この世界は殺るか殺られるかだ。
最近は身辺整理をし、狙われることも無いと思っていたのだが、甘かったようだ。
奴らはどこにでもいて、俺が1人でいることを許さない。
こちらの居場所がバレないよう、光源を使わずやつの居場所を探す。
今日は運がいい。奴は高い場所で待機している。
あの高さではこちらは死角だろう。
だが、俺は甘かったのだ。
獲物を追う時が、一番危険だということを忘れていた。
ほぼ真下に構えた瞬間、顔に触角付きの黒いベトベトした塊がぽとりと落ちる。
今回は俺の負けだ。
視界が揺らぎ、俺は泡を吹いて倒れた。
お題「暗がりの中で」
父は言う、この紅茶は古すぎると。
「茶葉の香りがしないだろう。私が新しく買ってきたものがある。試しに飲んでみなさい。」
さっきまで飲んでいた紅茶入りマグカップはテーブルの脇に避けられ、父の入れた紅茶のカップ&ソーサーが差し出される。
「ありがとう。じゃあ、部屋に戻って頂くよ。いい香りだから、本を読みながら飲むことにしようかな。」
父の返事は聞かずに立ち上がり、自分の部屋へと向かう。
そして僕は部屋に入るやいなや、火傷するのも構わず砂糖とミルクを入れて紅茶を飲み干した。
お題「紅茶の香り」