蝉助

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4/10/2024, 9:48:10 AM

「春みたいな頭。」
紫煙に包まれてぼやけた視界の中、御崎さんは皮肉たらしくそれを口にした。
眼の前にいる私に向けられて発せられたもの。
ひどく蔑む、あるいは見下すような声色であることは、観察に疎い私でもよく分かる。
「桜が満開の様子を、頭の中がお花畑と例えたのでしょうか。」
「まあ、それもある。これトリプルミーニングだから。」
「残り2つは?」
「考えてみなって。初めから答えを求めんのは、社会人として良くない姿勢だ。僕が矯正してあげないと。」
貴方だって、それほど褒められたエチケットを持っていないだろうに。
優秀な成績に胡座をかいていることは日々感じる。
表上はニコニコしていたって、上からも下からもそれほど慕われていないことをこの人は知っているのだろうか。
「……あ。入学式のようにおめでたい頭?」
「お、いいねそれ。クアドラプルミーニングだ。」
聞き慣れない言葉に顔をしかめる。
「なんですか、それ。」
「知らない?トリプルの次。4って意味の。」
「初めて聞きましたよ。」

4/9/2024, 9:37:29 AM

確信があった。
幼馴染の結華は、近いうちにあたしの手の届かない遠いところに行ってしまうって。
彼女は大衆が見放さないような才能を持っていたから。
美しい目、人を惹きつける言葉選びと、繊細な動きを見せる手先と頭の中。
そのような状況を未来は明るいと呼ぶけれど、まさにその通りで、彼女の足元は既にスポットライトで照らされるように光源を保っていた。
もう少しで、きっと偉い人に探し出されて、その手を取って行ってしまう。
それをあたしは止めることはできない。
だって馬鹿だもん。
「あーあ、あたしも頭が良かったらな!」

4/8/2024, 2:30:31 PM

「チェル、これあげる。」
「なにこれ。」
渡された紙袋を様々な角度から観察するレイチェルに、ジルはにこにこと嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「開けていいよ。」
紙袋は縦横40cmほど、上からは箱が見えるだけで何が入っているのかを特定できない。
いたずら好きなジルだ。
嫌がらせなのでは、と瞬時に訝しんでみたが、ジルが悪い事をするときはそれを隠そうと真顔になるので、おそらくもっと別のなにかだろう。
彼はずっとレイチェルが紙袋の中身に触れるのを待っている。
「……変なものだったらぶっとばすから。」
「いいよ!」
箱を取り出し、ラベルを剥がして蓋を開けた。
「うわ。」
「綺麗でしょ?」
「なにこれ。」
「見たまんまじゃん、ハイヒール。」
ぱっきりとした赤色、心臓から少し外れた肩を突くような鋭いかかと。
まるで女を象徴するかのような研ぎ澄まされた出で立ちに、レイチェルは顔をしかめる。
巡り合わせてこなかったものだ。
「おれからプレゼント。」

「ヒールなんて似合わない。履いたこともない。」
「似合うよ。好きな女の子には可愛いもの身につけててほしいから。」
「お前の好きは恋愛じゃないだろ。軽率にその言葉を使わないで。」


〈レイチェル〉
つんとした女の子。あんまり女の子らしいものが好きではなく、男前。

〈ジル〉
無邪気な男の子。何かとレイチェルに構うけどかわされがち。

4/7/2024, 9:11:09 AM

なにもしない休日、人はそれを堕落と言う。
未来と朔馬はその言葉に倣うように、未来の部屋でぼんやりとした時間を過ごしていた。
暇さえあればどちらかの部屋に集まるのは、二人の日常だ。
駄弁や戯れなどの時間消耗のためのみに存在するすべてを入り混じらせて、熱中するとお隣から鈍いキックの音が聞こえてくる。
しかし今日はそれとはうってかわり、それほど会話が流れない。
静寂の中を通り抜ける微かな耳鳴りだけが、水道から垂れ続ける雫のようにこの部屋で響いている。
最初に栓を締めたのは未来だった。
「昔の人はさ、夕日が沈んでいくとき、海に飲み込まれたと思ってたのかな。」
「なにそれ、ポエマーですか。」
朔馬は失笑した。
想像と創造において豊かな男だとは思っていたが、不意にそのようなことを口走るほどとは知らなかった。
「まったく、才能豊かなものだ。」
声のトーンからして、これが皮肉であることを相手に隠す気がない。
ふらりと立ち上がり、にやにやした顔を未来の方へ向けながら、二人がくつろいでいたリビングの目先にあるキッチンへと足を運ぶ。
我が物顔で冷蔵庫を開けると、エナジードリンクを取り出して栓を開けた。
「あ、俺にも頂戴。」
「はいはい。」
同じものを未来にも渡す。
「で?昔の人は……なんだって?」



「今ってさ、科学的に証明できることが増えたでしょ。まあ分からないことも多いけど、昔ほど未知が近くにある状況じゃない。」
「え?未知が身近?」
「くっだんな。」

「じゃなくて、」


「もし俺がその時代にいたら、海とかいうどこにでもあるくせに不可思議で満ちてる存在に対して、およそ馬鹿みたいな好奇心を発揮してしまう気がする。その底が知りたくて、ふらっと沈んでそのまま海に殺されそう。」
「へえ。良かったな、生きながらえて。」

4/5/2024, 8:53:16 AM

君は覚えてないだろうけど、わたしたちはずっと一緒だった。
ずっと、どれくらいそうだったかと聞かれれば、それはもうベテルギウスまで歩いて行くくらい。
でもそんなこと言ったって信じてもらえないだろうから、今日もわたしは高校の先輩を偽るの。
ちょっと前は君が歳上だったのにね。
その前は生まれた日まで一緒で、双子を名乗ったりもしていたね。
全部覚えていないんだね。
輪の中をくぐる度、君とわたしはいつもリセット、新しいわたしたちになって、また巡り合わせる。
まっさらな中で新しいおはなしを綴っていく。
でもね、君は覚えていないだろうけど、君はいつも星好きで生まれてくる。
ベテルギウスだって君が教えてくれなければ、いちいち覚えてなんていられないからさ。
あれがこれで、これがあれなんだよ。
どんな世界でも変わらない星星を指さして笑っている。
いつの間にかわたしの方が詳しくなってしまったね。
やっぱり、時々考えるんだよ。
もしも君が輪をくぐる前のことを覚えていて、初めて君の方からわたしを探し出してくれたらって。
いつもわたしからだから、時々不公平だと思う。
君、星探しは上手いのにね。
これからもずっと君の隣にいるよ。
それで、もしたくさんの時間が過ぎて、世界の何処かのズレやバグや間違いがわたしたちの下に降ってきたらさ、どうか君がわたしを見つけて。
泥沼の縁でうたた寝している私に気づいて。
ベテルギウスから地球に歩いて帰ってくるまで待つから。

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