ミサはチラチラと隣に立つ男の顔色を伺った。
なんだかよくわからないけれど、今日はパーティというもの、らしい。数時間前に少しだけお姉さんの友達に「かわいいかわいい」と連呼されながらめかしつけられ、隣に立つぱぱだって「うん、かわいいね。よく似合っているよ」と髪を撫でてくれた。だからパーティの間はずっと自分だけに構ってくれるものと思っていた、のに。
(ぱぱ、全然こっち見てくれない……)
ぱぱは誰かと話したらまた次の誰かに声をかけられ……ということを繰り返し、まるで自分を見てくれない。いつものように手は繋いでいるものの、するりと離してどこかへ行ったって気づかなそうだ。
いっそ本当にそうしてしまおうか。頬を膨らませ辺りを見回した途端、ホールの人々の流れが変わった。
黒いスーツの人が豪華なドレスの人へお辞儀をして手を差し出す。ドレスの人は微笑み、その手を取ってホールの中央へと歩く。そして息を合わせてステップを踏んだり、回ったり──
ミサはその華やかな光景に目を奪われた。知らず知らずのうちに握った手に力が込もる。
さすがに気がついたのか、ぱぱが屈んで顔を覗き込んでる。
「ミサ、どうした? お腹空いた?」
全然違う。
ミサはクルクルと華麗に回る男女を見ながら必死に考えた。ああいう動きは、なんて言うんだっけ。ぱぱがやってた、演舞っていうのに似てる気がする。それに近い言葉で、そう、確か。
「踊り……。踊り、たい──!」
ぱぱの手にもぎゅっと力がこもった。それと同時に、真っ青な目が真ん丸に見開かれる。
他の人は自分とぱぱの目の色がまったく同じだって言うけれど、ぱぱの瞳の方がずっとずっと綺麗だとミサは思う。おまけに今日はぱぱもおめかししていて、いつもはおろしている前髪をあげている。
普段の倍はよく見えたふたつの海に見惚れる間もなく、ぱぱはそれが隠れるくらいにこりと笑った。
「ミサ! きみが将来大きくなったらね、きみにそんなこと言わせる野郎と踊っちゃいけないよ」
それからクルリとミサの正面に回って膝をつく。真っ青なふたつの視線がぶつかる高さで手が伸ばされる。
「世界一かわいいお姫様。きみと踊る栄誉を、おれにくれますか?」
出演:「ライラプス王国記」より ミサ、アルコル
20241004.NO.71「踊りませんか?」
(下書きとして一時保存)
20241003.NO.70「巡り会えたら」
奇跡をもう一度、だってぇ?
うらやましいねぇ、お前さんには一度奇跡があったのかい。俺にゃあとんと縁のねぇ話だ。ああ、ああ、別に言わなくっていい。どんな奇跡かは知らねぇが、奇跡ってンだ、大方予想はつくさ。どうせお涙頂戴ないい話なんだろ。
例えば、目の前の男に拳銃を突きつけられたが間一髪、警察が駆けつけ助かった──とか。
そう、いまみたいに。
だが今回は違うぞ。お前さんに助けはこない。
ははっ、神様ってのも大概馬鹿だねぇ。一度気まぐれで助けちまったばかりに、自分で足掻こうともしない馬鹿の完成だ。お前みたいのが人間を名乗るなんて烏滸がましい。豚小屋の方が似合ってるぜ。
──じゃあ、あばよ。
一度しか助けねぇなら最初からなにもするな、無駄に希望を持たせるンじゃねぇって、神様に言っときな。
20241002.NO.69「奇跡をもう一度」
陽がゆっくりと沈んでいき、あたりを黄金色に染め上げる。ひとりまたひとりと帰路に着く背を横目に銀次郎は立ち上がった。
「そろそろ妖どもが起きてくる時間だな。見回りすっか。──今日こそ目当ての妖に会えるといいんだが」
緋色の羽織りが夕日に混ざるようにはためき、手袋で覆われた左手に力が込もる。
そんな銀次郎に見向きもせず、むしゃむしゃと団子を頬張りながらヨキは前々から気になっていたことを尋ねてみた。
「兄ちゃんさぁ。最近はそうやって夜に妖探しに出掛けてるけどさ、昼は昼で修理屋の仕事してんじゃん? それへーきなの? 妖と違って、人間は夜眠るモンなんだぜ?」
「口ン中にモノいれながら喋んなクソガキ」
コツンとゲンコツが飛んできてヨキは首をすくめた。銀次郎は(見かけによらず)育ちがよく、少々面倒くさい時がある。そんなときは言い返さずにやり過ごすのが得策だと、ヨキは近頃ようやく学んできた。
ごくんと口の中のものを飲み込み、改めて聞く。
「で、どうなんだよ。そんな生活してたらよぉ、ちゃんと寝れねぇし体の調子だっておかしくなっちまうぜ」
「ケッ、ンなこと聞いてナニ企んでやがる。なにも問題ねぇよ、こういうときのためにロウジュがいる」
「オカマが?」
ヨキが首を傾げ、その視線の先、真っ黒な洋装に真っ黒な長髪を首の後ろで結いた全身黒づくめの男──ロウジュはでかでかとため息をついた。
「べっつに、『こういうときのために』いるワケじゃあないけどねぇ〜。アタシは力も弱い、ただの洋時計の妖。時を正しく刻むことしかできない。けど、裏を返せば乱れた体内時計を規則正しく導くこともできるってワケ」
「……なぁ〜んだ。つまんねぇ」
「はっはっはっ! どんなロクでもないこと企んでたか知らねぇけどよ、俺の隙をつこうなんて300年早ぇぜ、クソガキ!」
唇を尖らせたヨキを見て銀次郎は高々と笑い声を響かせる。ロウジュはその脇腹をそっと小突いた。
「ちょっと、ギンジ。なに馬鹿なこと言ってんの。ヨキ坊はね、アンタのこと心配してんのよ」
「は? 心配?」
「そーうよ! 今朝だってね、アンタがなかなか起きてこないもんだから、夜のうちにどこぞの妖になにかされたんじゃないかとか、不規則な生活で無理が祟ったんじゃないかとか、ブツブツそんなこと唱えながらずっと心配そうにしてたのよ! ちょっとはヨキ坊の気持ちも考えてごらんなさい!」
「おま、それ……。まじ?」
銀次郎と目が合う前にヨキは勢いよく立ちあがった。団子を突き刺していた串が舞い上がる。
「うるせぇ! 誰がオマエなんか心配するもんか! オカマ野郎の嘘吐き野郎! ばか、ばーか! ばーーーーか!!」
「あ、おい! 待てって!」
暗闇に向かってヨキの背はみるみる小さくなる。銀次郎は伸ばした手で所在なさげに空をかいた。
「ちょっと、ギンジロウ! なにボサっとしてんのよ! 早く追うわよ!」
「──あ、ああ。そうだな、悪ぃ」
背中を叩かれて我に返った銀次郎は慌てて走り出した。
そして考える。
誰かに心配されるのなんて──いったい何年ぶりだろう。
20241001.NO.68.「たそがれ」
(下書きとして一時保存)
20240930.NO.67「きっと明日も」