陽がゆっくりと沈んでいき、あたりを黄金色に染め上げる。ひとりまたひとりと帰路に着く背を横目に銀次郎は立ち上がった。
「そろそろ妖どもが起きてくる時間だな。見回りすっか。──今日こそ目当ての妖に会えるといいんだが」
緋色の羽織りが夕日に混ざるようにはためき、手袋で覆われた左手に力が込もる。
そんな銀次郎に見向きもせず、むしゃむしゃと団子を頬張りながらヨキは前々から気になっていたことを尋ねてみた。
「兄ちゃんさぁ。最近はそうやって夜に妖探しに出掛けてるけどさ、昼は昼で修理屋の仕事してんじゃん? それへーきなの? 妖と違って、人間は夜眠るモンなんだぜ?」
「口ン中にモノいれながら喋んなクソガキ」
コツンとゲンコツが飛んできてヨキは首をすくめた。銀次郎は(見かけによらず)育ちがよく、少々面倒くさい時がある。そんなときは言い返さずにやり過ごすのが得策だと、ヨキは近頃ようやく学んできた。
ごくんと口の中のものを飲み込み、改めて聞く。
「で、どうなんだよ。そんな生活してたらよぉ、ちゃんと寝れねぇし体の調子だっておかしくなっちまうぜ」
「ケッ、ンなこと聞いてナニ企んでやがる。なにも問題ねぇよ、こういうときのためにロウジュがいる」
「オカマが?」
ヨキが首を傾げ、その視線の先、真っ黒な洋装に真っ黒な長髪を首の後ろで結いた全身黒づくめの男──ロウジュはでかでかとため息をついた。
「べっつに、『こういうときのために』いるワケじゃあないけどねぇ〜。アタシは力も弱い、ただの洋時計の妖。時を正しく刻むことしかできない。けど、裏を返せば乱れた体内時計を規則正しく導くこともできるってワケ」
「……なぁ〜んだ。つまんねぇ」
「はっはっはっ! どんなロクでもないこと企んでたか知らねぇけどよ、俺の隙をつこうなんて300年早ぇぜ、クソガキ!」
唇を尖らせたヨキを見て銀次郎は高々と笑い声を響かせる。ロウジュはその脇腹をそっと小突いた。
「ちょっと、ギンジ。なに馬鹿なこと言ってんの。ヨキ坊はね、アンタのこと心配してんのよ」
「は? 心配?」
「そーうよ! 今朝だってね、アンタがなかなか起きてこないもんだから、夜のうちにどこぞの妖になにかされたんじゃないかとか、不規則な生活で無理が祟ったんじゃないかとか、ブツブツそんなこと唱えながらずっと心配そうにしてたのよ! ちょっとはヨキ坊の気持ちも考えてごらんなさい!」
「おま、それ……。まじ?」
銀次郎と目が合う前にヨキは勢いよく立ちあがった。団子を突き刺していた串が舞い上がる。
「うるせぇ! 誰がオマエなんか心配するもんか! オカマ野郎の嘘吐き野郎! ばか、ばーか! ばーーーーか!!」
「あ、おい! 待てって!」
暗闇に向かってヨキの背はみるみる小さくなる。銀次郎は伸ばした手で所在なさげに空をかいた。
「ちょっと、ギンジロウ! なにボサっとしてんのよ! 早く追うわよ!」
「──あ、ああ。そうだな、悪ぃ」
背中を叩かれて我に返った銀次郎は慌てて走り出した。
そして考える。
誰かに心配されるのなんて──いったい何年ぶりだろう。
20241001.NO.68.「たそがれ」
10/2/2024, 10:12:02 AM