─子供のように─
君が強く抱き締めてくれた。
薬品の匂いと、ほんの少しの金木犀。
その香りは数日前に花瓶に生けた、
小さく、萎れた金木犀からしていた。
でもそれが心地よく、まるで子供のように泣いた。
ただひたすらに、君が生きていることを実感したかった。
事故に遭って昏睡状態になり、助かる見込みはなかった。
毎日君の病室に来て、起きてないかな、なんてくだらない妄想をして。
数日前、医者から起きないかもしれないと聞かされ、
その日から半分諦めていた。
だから金木犀も、そのままだった。
昏睡状態になった時のままだった君と、
少しずつ萎れて、枯れてゆく金木犀。
毎日会いに来ても、何もしていなかった。
本当は、半分なんて嘘で、全て諦めていたんだ。
だけど、それでも起きてくれた君が、
どうしようもなく好きで、愛おしくて。
そして、君が起きた時に思った。
これから何があっても、君を愛すと。
今までも、今も、これからも。
ずっと愛してる。
─放課後─
今日も授業が終わり、部活が始まる。
一目散に教室から出て、職員室へ向かった。
「失礼します。美術室の鍵を貰いに来ました。」
先生はあまり居なかった。
静かに鍵を取って、礼だけして職員室を出る。
私の学校は美術室が三階にあるため、
階段を駆け上がり、美術室前まで急ぐ。
準備室も美術室も鍵が似ているため、
二つの鍵のどちらかが合うよう、交互に試す。
やっとのこと扉を開けると、
秋でも暑いと感じるほど空気の流れが悪かった。
その流れを変えるため、窓を全部開ける。
新しく涼しい風が美術室を変える。
その風には、ほんの少しだけ金木犀の香りも混じっていた。
この秋に染まった美術室を感じる為に、今日は急いで美術室に来た。
縦長い美術室の一番後ろから、見渡す。
夕暮れに染まり、金木犀がふと香る。
誰も居ない、私だけの美術室。
この時期の美術室が、私を魅了する。
─カーテン─
下校のチャイムが鳴る。
玄関に行き、靴を履き替え、歩く。
自転車に乗り、家までゆっくりと走る。
どうでもいいことを考えていると、あっという間に着いた。
玄関を開け、誰かに聞こえるよう声を出す。
「ただいまー。母さん、今日テスト返されてさ、」
…何か違う。静かすぎる。出掛けてるのか?
「母さん?リビングに居るの?」
リビングにはいつも通り電気がついていた。
「居るなら返事してよ、母さん。」
その言葉と、ドアの開くタイミングは同時だった。
そこにはゆらゆらと揺れる、母さんだったものがあった。
「…は?母、さん?え…?」
窓は開いていて、カーテンを揺らしていた。
同時に、ぶら下がった“それ”も。
意味が分からない。ぐるぐるする頭で考える。
どうして?何で?僕のせい?誰のせい?
考えても息が荒くなるだけ。
涙が溢れるだけ。
その日のリビングには、
僕の嗚咽と、風の吹き抜ける音が木霊していた。
─力を込めて─
怖くないと言えば嘘になる。
後悔が無いと言うのも嘘になる。
おかしいな。
だって俺は元々死ぬつもりだったんだぞ。
変わらなきゃって思わなかったら、
きっとあのまま自堕落な生活をループするだけだった。
好きなアニメを見て、夜中までゲームをして、
そんな同じような一日を繰り返して。
そこに何の意味があるのかを考えた時、
自分が存在している理由は分からなかった。
そもそも意味なんて無くても本当は良かったのかもしれない。
でも考え尽くしたからこうして必死になっている。
必死で。必死で、この重たい身体を。
ほら、俺は大勢の前で光と注目を浴びている、
今この世で一番かっこいい勇者だ。
だからもう、死にたいなんて言わないよ。
レゾンデートルの祈り 楪 一志さん
第六章【その時、彼は勇者になった】
オススメの本のあるページです。
誤字、脱字があるかもしれません。
彼は人の為に、そして自分の為に力を込めて。
必死に人生を変えようとしている。
これはそれの序章に過ぎない文です。
死にたいと思ったことのある人にはとてもオススメの作品です。
以上、オススメ本紹介でした。
─過ぎた日を想う─
どうすれば良いのだろうか。
幸せだった生活を懐かしむこの気持ちは。
君と過ごした、楽しい日々を想うこの気持ちは。
どこに捨てようか、誰に譲ろうか。
毎日考えて、でも意味なくて。
楽しかったのは事実で、
好きだったのも事実で。
過ぎた日を想うことが、
無意味だというのもまた事実で。
どうすれば良かったのかな。
どうすれば幸せだったのかな。
どうすれば、笑っていられたのかな。
全ては君しか、解決出来ない問題。
僕だけでは、どうにも出来ないんだ。
題名【無力な僕】