─夜明け前─
君との別れ際。
もう時刻は深夜三時。
いつもの夜明け前。
これで何回目かわからない、
愚痴や雑談だけで終わる、
二人だけの、秘密の飲み会。
仕事が辛いだの、繁忙期に入っただの、
上司がうざいだの、最近暑いだの。
何故夜明けまで語れるのか分からないほど、
どうでもいい話ばっかり。
それでも楽しい。
癒しであって、幸せである唯一の時間。
いつまで続くか分からない、至福の時間。
飲み潰れても、二日酔いが辛くても。
いつまでも続いてほしいと言う願いは、
二人が言えないたった一つの本音。
─喪失感─
何時からだろうか。
心に何か足りないと感じたのは。
胸の中が霧で覆われているような、何か黒いものが渦巻くような。
喪失感と言えば伝わるのだろうか。
失ったものは何もないと思う。
そのせいで不幸せと思うこともない。
むしろ幸せだ。
妻や子供、親友など、人望に恵まれ。
上司に期待される程、仕事に恵まれ。
家族が幸せだと言う程金運に恵まれ。
全て順調。幸せだと言える筈なのに。
何で、この胸の霧が晴れないのだろう。
そういえば、親友にこの事を相談したとき、不思議なことを言っていた。
『俺にはその原因が分かる。でもそれをお前が知った時───』
親友は、一回息を吸って言った。
『きっと後悔する。死にたくなる程に。』
最初は意味が分からなかった。
幸せなのに死にたくなるわけない、と。
ただ親友は、悲しそうな瞳を閉じ『思い出さない方がいい』と言った。
きっと本当なんだろう。原因を知っているのも、死にたくなるのも。
だから今の幸せが続くときまで、思い出さないよ。きっと。
─胸の鼓動─
何故今まで忘れていたのだろう。
大好きで一番大切な存在を。
僕の全てだった、父の事を。
思い出した瞬間、頭が痛くて、
息を吸うことしか出来なくて、
自分の胸の鼓動しか聞こえなくなって。
そうだった。
父は、僕が九歳の頃に、事故でなくなった。
いつまでもお人好しな人で。
その事故も、運転手が前を見ていなくて、
子供が轢かれかけたのを助けたんだって。
それを聞いた時は、何で死んだのか、
何で見ず知らずの子供を助けたのか、
何で僕を置いていったのか分からなくて、
ずっと泣いていたっけ。
その次の日から父が、
置いていったあの人のことが憎くて、
忘れたふりをしたんだっけ。
時が過ぎていくにつれ、過去のことだって飲み込んで。
全て忘れたと思ったのに、捨て忘れた父の手帳で思い出すなんて。
そもそも何で恨んでいたんだろうか。
いつまでも、愛して、優しくしてくれた父を。
最低なのは、僕の方だったんだたな。
─突然の君の訪問。─
彩りの少ない部屋に鳴り響く、誰かが来た音。
朝8時にくるなんて配達員ぐらいと思い、
聞こえてないふりをするために布団に深く潜った。
その数秒後。
想像すらしていない相手の声が聞こえてきた。
僕が住んでいるこの狭い部屋は、扉が薄い。
その為、扉の前に居る人物の声は、布団に潜っても聞こえてくる。
「あれ、あいつ居ねぇのかな。」
その声は、間違いなく僕の親友の声だった。
確認のため、もう少し待っていると、また声が聞こえた。
「待って、まさか別の人の家だったか?」
「前に来た時はここだったと思うんだけどなぁ。」
覚えてないんだよなぁ、と親友は付け足した。
その疑問が確信に変わるまでが面白く、でも外は暑いので迎え入れることにした。
「あっ!居るじゃん、何で開けないんだよ!」
『いや、ちょっと君の反応が面白くて。』
「人が迷ってる所を笑うな!って言ってもお前はそーゆうやつだったな。」
『おい、そんな言い方しないでよ。』
『そんなことより、外暑いでしょ?早く入りなよ。冷房ついてるから。』
良くある、突然の君の訪問。
引っ越した僕には心配だらけだからありがたいけど。
これが親友なりの、僕を安心させる方法らしい。
─海へ─
『今さ、海に居るんだ。』
深夜一時。
たった一人の親友から来た、一件のLINE。
それだけで僕は、察してしまった。
今、親友は死んでしまおうとしていることを。
親友は死にたかった。
いじめられて、痛くて、辛くて、泣いて。
消えてしまいそうな、震えている、悲しい声で。
『辛いよ。消えてしまいたいよ。』と話す。
でも僕は、それを静かに聞いているだけ。止めたりしない。
何故なら、親友の辛さが、全てではないがわかるから。
『死なないで』や『生きろ』が辛いことを、知っているから。
本心では止めたかった。消えないでほしいって。
でも止めたら、君が苦しいだけだから。
せめて別れだけでも、言わせてほしいから。
僕は、君が居る海へと走る。
部屋に残るスマホ。そこにはLINEの画面。
僕からの『待って』と言う言葉。
そして、今送られてきた『ごめんね。』の文字。