忘れられない、いつまでも。
心地よい記憶なら、どれだけ良いだろう。
残念ながら、僕の忘れられない記憶は痛々しいものばかりだ。口から幾度となく零れ落ちて、僕をまた傷付けていく。
でも、大丈夫。
「人間は忘れていく生き物」
…本当に?
あぁ、そうか。
僕はまだ人間になれない、愚かな鳥だった。
自分で自分の翼を傷付けるような、愚かな飛べない鳥。
扉の開いた鳥かごで、陽気な歌を囀る。
いつか、この場所から飛び立つ日を夢見ながら。
いつまでも。いつまでも。
好きじゃないのに
この人はこう考えて、こう想って、こう行動して、今はこうで、きっとこの後こうするだろう。
その理由はこうで、こういうことがあったからだ。
これは僕の推測、あるいは想像、はたまた空想かもしれない。それはその人に対する、紛れもない、何かしらのの想いだ。
名前を付けるなら「愛」かもしれない。
あだ名をつけるなら「情」ともいうかな。
「好き」は不思議。
好きになって、恋して。
愛してほしくて、恋愛して。
愛されたら、愛して。
愛情が生まれて、好きが分からなくなっていく。
愛から目覚めて、情が残る。
好きじゃないのに。
心変わりして、愛が離れていく。
恋をしている時が、一番幸せで、一番残酷だった。
愛に溢れている時、一番辛くて、寂しかった。
情が残ったこの時、あなたの全てが分かる気がした。
ちゃんと愛せなくて、ごめんね。
好きで居てくれて、ありがとう。
ごめんね。
もう、あなたに僕がしてあげられることはないのかもしれない。ごめんね。
ところにより雨
いつからだろう。
限りなく広がる曇り空も、靴を汚すだけだった水溜りも。なんとなく、好きになったのは。
空が陰る度に、君はいつも言っていた。
「わたし、雨女だから。」
君の顔が曇る度に、僕はいつも言っていた。
「そうかなぁ、お天気なんて操れないから。」
「君のせいじゃないよ。」
空がご機嫌になって、虹が出る頃に君はこう言う。
「うわぁ、眩しいなぁ。」
君の顔が晴れて、僕はいつもこう言う。
「ほら、虹が出てるよ。見てみて!」
「晴れて良かったね。」
朧げに見える二重の虹と、君の眩しがる後ろ姿を僕はカメラで切り撮っておく。
何枚も、何枚も。
君が雨女なんかじゃない、っていう証。
ねぇ、知ってる?
僕と君が一緒に居ると、空はいつもご機嫌になるんだ。
どんな雨だって、僕が曇りくらいにしてあげる。
だからさ。
僕の隣にずっと居てくれないかな?
そんな言葉を水溜りの空に浮かべていた。
君が長靴で飛び込んで、跳ねた雨粒と一緒に、僕の言葉が小さな虹を作った。
なんだ、君も雨が好きだったんだね。
ところにより雨。
そんな日は、君と一緒に居られる。特別な日。
夢が醒める前に
久しぶりの夢の国。
僕には子供に戻る魔法は効かなかったけど、夢を見ているような気分に浸ることができた。
「幸せ」を絵に描いたような時間。
その時だけは、現実から離れて夢を見ることができた。
でも、夢はすぐ終わってしまう。
それを知ってしまっていたから、僕は子供に戻れなかったんだな。
痛む頭を帽子で隠して、眩しい光の中を足早に歩いた。
誰も、僕の虚ろな心になんて気が付かないだろう。
皆、楽しそうに、心から夢を見ている。
暗闇で声がする。
「今を楽しめているか?」と。
僕は心の中の子供の自分をなだめながら、七色に光るライトを振った。
なんでだろう。まだ、頭が痛いや。
僕は、ちぐはぐな心と身体を繋ぎ留めるように、夜空に揺れる光を切り撮った。
そこには、魔法にかけられた僕の分身が写っている。
こんな夢ならまた見てもいいかな。
今度来るときは、心の中の子供の自分と手を繋いで、思い切り魔法にかけられてみよう。
そして会いに行くんだ。
世界中に愛されているあの人に。
あの人は「よく来たね!」と言ってくれるだろう。
夢を見させてくれてありがとう。
「またね」
僕は、心の中で大きく両手で手を振った。
そう、まるで子供みたいに。
不条理
突き刺さるような不条理に、どこまで耐えられるのだろうか。僕は自分に問う。
感謝はあれど、謝罪のないそれは、僕にとってはもう「当たり前」になりつつある。
感情の波が立たないほどに。
いくら水面を叩かれようとも、僕のまっさらな感情の湖には、波紋ひとつ、付けることすらできない。
あなたはそれにまた苛立って、どこにもやり場のない感情を投げ捨てる。
「またか」
そんな言葉を淀んだ空気と一緒に吸い込んで、まっさらな水面を思い浮かべる。
「大丈夫、大丈夫。」
魔法の言葉を唱えながら、僕は目を瞑った。
この世の全ての不条理から、僕を隠すように。