海月 時

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12/10/2024, 2:13:54 PM

『ようこそ、生人図書館へ。何をお求めかい?』
「私は、死んだらどうなるのでしょうか。」
『知らねーよ。宗教に興味ねーし。」
「貴方の話は、噂で聞きました。未来が記された本を守護する者、ですよね?」
『そう、だったら?』
「私の、死後は分かりませんか?」
『分からねーよ。未来ってもんはな、不確かなんだよ。ペラペラと無責任に話せるもんじゃない。』
「意外と真面目なんですね。…それなら、少しばかり私の話を聞いてくださいませんか?」
『仕方ねーな。話せよ。』
「私には、仲の良い友達が二人居たんです。二人とも、優秀な人でした。私はそれが、妬ましかったんです。だから、突き放したんです。彼女達を、電車が通る瞬間に。」
『人間誰しも、他者の幸福を怖がらない奴は居ない。』
「醜いですね、人間って。」
『…お前は、確実に地獄に堕ちる。』
「今更、何の恐怖も無いです。ですが、醜いまま死ぬのは嫌なんです。」
『じゃあ、仲間を作れ。』
「友達に劣等感を抱くような私が?」
『仲間と友達を別物だ。友達は心からの絆で結ばれている。でもな、仲間は利用の関係にある。』
「というと?」 
『真人間になるために、仲間を利用しろって事だよ。』
「それもそうですね。」
『あぁ、そうだ。誰も真っ当な奴が、人殺しだと思わねーしな。』
「何だか、楽になった気がします。」
『そうかい。それは良かった。』
「また、来てもいいですか?」
『きっと、そん時はお前が死んだ時だろうよ。』

『お前には、仲間は居るか?その仲間とは、どんな利害でつるんでる?短い人生だ。時間は有限に使おうや。』

12/4/2024, 3:03:43 PM

「…朝か。」
いつからだろうか。朝起きるのが、辛くなったのは。

『またこの夢か。』
一面に広がる彩り取りの花。その周りを飛ぶ鳥や虫。空はどこまでも青く、どこまでも澄んでいた。そんな現実味のない世界を見て、俺は言葉を落とした。

眩しい太陽に起こされると、目の前にはいつもの世界があった。質素でありふれた部屋。俺は溜息を零した。
「ここが現実か。」
眠たい身体を起こすために、洗面台へ向かった。洗面台に着くなり、鏡には自分の姿が写った。生気も幸も感じられない男の姿。目尻は少し濡れていた。俺は、冷たい水で顔を洗い、洗面台を後にした。

昔から、同じ夢を見てきた。あの楽園のような世界に俺が立っている夢。そしてその夢から覚めると、毎回泣いている自分が居た。何故泣いているのか、少しだけ分かる気がする。

俺はこの世界から、逃げ出したいと願っているのだ。

初めの頃は、あの綺麗な世界に感動して泣いているのだと思っていた。でも、きっと違う。俺は、あの夢を見る度に心の奥で、『ここにずっと居たい。』と願っていたのだ。何故現実から逃げたいのかは、よく分からない。何もないからこそ、なのかもしれない。分からなくても、逃げたいという気持ちは嘘ではない。

人間は朝方に死ぬ事が多いらしい。それはきっと、幸せな死に方だと思う。夢を見ながら現実を断つのは、俺にとって理想の死に方だ。俺もいつか、夢と現実の境で死んでみたいものだ。

12/2/2024, 2:05:07 PM

「一緒に逃げよう!」
彼は、僕を闇の中から救ってくれたんだ。

『ここは…?』
目が覚めると僕は、天国に居た。眩い光、鮮やかな花、空飛ぶ天使。絵に描いたような楽園だった。
『どうして、ここに?』
次第に戻って来る記憶。僕が死ぬ直前、横に居た幼馴染。僕は思い出した。何故僕が、ここに居るのかを。

生前の僕は、死に急いでいた。両親からの暴力から、逃げるために。そんな僕は、よく幼馴染の彼に愚痴っていた。そして、気持ちが溢れすぎてしまった時、彼は
「一緒に逃げるよう!」
そう言って、一緒に死んでくれたんだ。あの瞬間、僕は僕を殺そうとする世界から逃れた。彼は僕の英雄になった。

それなのに、僕の横には誰も居ない。何故?彼はどこに行ってしまったのか。理由は、少ししてから分かった。彼は今、地獄で裁判を受けているようだ。

『貴様は、友人を死へと誘った。これは、許されぬ事だ。よって、貴様は悪魔として永遠を過ごす事を命じる。』
僕が裁判所に辿り着いた頃には、彼は生前とは懸け離れた姿をしていた。僕の英雄は、悪魔へと変わってしまった。彼は、僕を見つけるなり、涙を流した。
『ごめん。俺のエゴのせいで、お前は死んじまった。』
彼は何度も謝った。僕はその姿を見て、自分の中にある憎悪を知った。
『謝るなよ。僕だよ。君を殺したのは僕なんだよ!』
僕は、彼を抱きしめた。そして、泣いた。僕らの背中に生えていた羽は、白と黒が混ざり、灰色になっていった。

結局、僕らは天国にも地獄にも居場所をなくした。そんな僕らに、神様が住処をくれた。天国と地獄の狭間。朝も夜も訪れない場所。どこまでも不完全な僕らには丁度良い場所だ。

僕らは、光と闇の狭間で、また笑い合った。

11/28/2024, 3:44:15 PM

「残り半年も持つか…。」
ある日、僕は余命宣告を受けた。

「今日から宜しくね。」
記憶に残る中で一番古いものは、施設に預けられた日だった。孤児院の院長先生に出迎えられたのを覚えてる。
「ここでは皆家族よ。」
まるで絵に描いたような、優しさがそこにはあった。でも、それはすぐに地獄へと変わった。

この孤児院は、劣悪な環境下にあった。職員達は所構わずに酒を飲み、煙草を吸った。泣いたり、喧嘩をすると、黙るまで暴力を振るわれた。だから、ここの子供達は目が死んでいた。幸いな事に、僕は幼いながらに不幸耐性がついていたらしい。そのおかげで、ある程度の事には動じなかった。
「アンタの親は、アンタが嫌いだから捨てたんだよ。」
酷く酔っ払った職員が、僕にそう言った。その時、少しだけ胸が痛んだ気がした。

中学を卒業すると、孤児院から解放された。しかし、長年の暴力からか、僕は孤児院を出てすぐに心臓発作で倒れた。目が覚めると、病院に居て、余命宣告を受けた。

僕の命は、後何日持つのだろうか。病室の天井を眺めながら、そう思った。自分でも不思議だ。ずっと僕は、死にたいんだと思っていた。でも実際は、まだ生きたいと願っている自分が存在している。一人が寂しいと感じる自分が居る。
「まだ、終わらせたくないな。」
ふっと溢れた言葉は、自分のものとは思えぬ程、弱々しかった。

僕はこれから毎日祈るのだろう。終わらせないで、まだ生きさせて。と。

11/26/2024, 3:24:46 PM

「いかないで。」
そう叫んでも、届かない。

『会いに来たよ。』
ある日、死んだはずの親友が羽を生やして還ってきた。
「どうやって…?」
『神様に頼み込んだんだよ。』
彼は戯けたように、両手を絡ませて祈りのポーズをしてみせた。その姿は牧師のようだった。
『君が言ったんだろ?逝かないでって。』
確かに言った。が、本当に還ってくるとは。嬉しさ半分、驚き半分だ。

俺の親友は、昔から身体が弱かった。よく入退院を繰り返していた。終わりは近づいていた。彼が余命宣告されたのだ。しかし、彼は泣き言一つ言わなかった。いつだって昔と変わらない、お人好しの笑顔で笑っていた。だから、俺は終わりが怖かった。もうあの笑顔に会えないと思うと、涙が出た。だから、最期に言ったのだ。
「逝かないで。」

『君、最期まで泣いてたから。お別れ言えなかったでしょ。だから、会いに来たんだよ。』
嬉しくて、涙が止まらない。そんな俺は見て彼は、少し困ったように笑った。
『まーた泣いてる。これじゃあ、お別れできないよ。』
狡い俺は、このまま泣き続けたいと思ってしまった。そうしたら、彼はまた会いに来てくれるだろうか。
「もう大丈夫。」
それでもやっぱり、親友に心配かけたくない俺が勝つ。
『今まで、ありがとう。次会う時は、君から来てね。』
彼は俺を抱きしめた。そして、段々と消えていく。俺はやっぱり泣いてしまった。
「いかないで。俺を、一人にしないでよ。」

泣きすぎた俺は、少し熱くなっていた。微熱があるのかもしれない。そんな俺とは対照に、最期に触れた彼は、とても冷たかった。出来ることなら、俺のこの熱を分けてしまいたかった。

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