海月 時

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11/6/2024, 2:26:29 PM

「好きだよ。」
身勝手な言葉だ。でも、言わずにはいられなかった。

「ごめんね。私、もうすぐ死ぬの。」
俺はこの瞬間、失恋の痛みを知った。ずっと好きだった彼女に告白しようとした矢先の事だった。俺は、泣き言を飲み込んだ。
「あと、どれくらいなの?」
「分からない。でも、いつ死んでも、おかしくないの。」
そっか、と小さく呟いた。頭の中では、彼女に掛ける言葉を探してる。でも、何も思いつかなかった。そんな俺に、背を向けて彼女は言った。
「だからさ、もうお別れ。」
彼女は、俺に目もくれずに、去っていった。

あれから二週間。俺は彼女の見舞いにも行けていない。病院の場所も、病室の番号も知っている。それなのに、臆病な俺は、彼女の死が怖くて何も出来ないでいる。自分で自分を嘲笑ってしまう。そんな自暴自棄でいると、一通のメールが届いた。俺は、その送り主の名前を見て、すぐに家を飛び出した。

俺は、送り主が居る部屋の扉を、勢い良く開けた。その音に驚いて、目を見開く彼女が居た。
「来たんだね。」
「うん。」
俺達の間に沈黙が流れる。その間に俺は、呼吸を整えた。
「〝最後に君の声が聞きたかった〟って来たから。」
「自分から別れを告げたくせに、って思ったでしょ。」
「思わないよ。俺も君の声が聞きたかったから。」
彼女は、大粒の涙を流した。そして、小さな子供のように叫んだ。
「死にたぐ、ないよっ!まだ、君と、生きでいたいっ!」
そんな彼女を俺は抱きしめた。服に彼女の涙が滲みてきた。でも、不快感はなく、只温かかった。
「好きだよ。ずっと前から、そしてこれからも。」
溢れていた思いは、心に留めて置くには重すぎた。彼女は俺の言葉を聞いて、少し頬を紅く染めた。
「遅いんだよ。バカ。」
小さな声が聞こえた気がした。

俺は毎日病院に通った。彼女が死ぬ瞬間まで。そして、沢山話した。死んだあとに寂しくならないように。忘れてしまはないように。
「来世で、探し出してみせるよ。」
彼女は、最後の力を振り絞るように笑った。そして、彼女は俺の腕の中で、静かに息を引き取った。

腕の中の彼女は、柔らかい雨のように俺を抱きしめてくれた。俺はそれに応えるように抱き返した。次第に彼女が冷たくなっていく。それはまるで、秋の雨を彷彿させた。

11/4/2024, 3:12:58 PM

「良い曲だね。僕は、結構好きだな。」
こんな暗い曲を、君だけは好きだと言ってくれた。

「ミュージシャンだなんて、馬鹿な事を言うな。」
幼い頃から夢見ていたものは、誰かの言葉によって、音を立てて崩れた。でも、悔し涙は出なかった。きっと薄々気付いていたんだ。私には、誰かに勇気を与える、そんな音楽は作れないんだと。だから、これで良かったんだ。早めに気づけて良かったよ。でも、ギターも作曲ノートも捨てる事は出来なかった。

そんな私を見て、幼馴染の彼は泣いてくれた。私の曲をいつも聴いてくれた、唯一のファン。
「この曲、今までで一番好き。」
そう言って、どんな暗い曲でも楽しそうに歌っていた。
「ねぇ、大人になったら、二人で音楽を作ろうよ。僕が作詞、君が作曲。良いでしょ?最高の二人になるよ。」
そんな叶わない夢を笑って話していたっけ。でも、ごめんね。もう君と夢を語る私は、死んじゃったみたいだ。
「そんな事、言わないでよ。生きてるなら、命があるなら、叶わない事なんてないでしょ?」
彼だけは、夢を諦めなかった。だから私も、もう一度頑張ろうと思ったよ。でも、もう立ち直れない。

だって、君が死んじゃったんだから。

私がもう一度夢を目指そう、そう思い立って、真っ先に彼の家に向かった。しかし、彼の家には彼は居なかった。出てきた両親は、目を赤くしていた。そして、彼の身に起きた悲劇を話してくれた。私は、それを聞き、その場に座り込んでしまった。そして、夜が明けるまで泣き続けた。

今日は、彼の葬式の日。私はギターを持って、出かけた。そして、彼の遺影の前で、ギターを奏でた。すぐに、大人が止めに来たけど、私は奏で続けた。哀愁を誘うような曲を。彼が好きだと言った曲を。彼を悼むレクイエムを。

10/31/2024, 3:01:22 PM

「全部、好きなんだ。」
物心ついた時から、〝嫌い〟の一言が言えなかった。

「欲しい物、全部買ってあげるよ。」
裕福な家庭に生まれた私。両親と兄二人と私の五人家族。家族は皆、私を目一杯可愛がってくれた。私が好きと言った物は、何でも買い与えてくれた。そのせいで、私の部屋は物で溢れかえっていた。きっと、誰もが羨む生活。でも私は、心の何処かで息苦しさを感じていた。

「これ、貴方好きでしょ?」
「これ、お前似合いそうだろ?」
家族が各々、私に物を与える。
「ありがとう。全部、好きなんだ。」
私は笑顔で、受け取った。

私は、高校生になってから、夜な夜な家を抜け出すようになった。誰かとの約束がある訳でもなく、只一人で散歩をするだけ。だって、あの家は、あの部屋は、息が詰まってしまう程に苦しいから。
『貴方の好きは?貴方の願いは?』
何かのドラマのポスターに書かれた言葉。私は、何のために生きてるんだっけ?

私は、嫌いだったんだ。不自由のない生活が。全て与えられる現状が。全部、全部、大っ嫌いなんだ。それが、理解できると、何だか心が軽くなった。そして、何かを見つけた気がした。
「はは…。全部分かってたんじゃん…。」

私が望むのは、〝無の理想郷〟だ。

10/29/2024, 2:47:17 PM

「付き合ってください。」
彼女からの一言で、俺らの物語は始まった。

「将来は、君のお嫁さんにしてくれますか?」
物語の中盤。彼女は、頬を染めながら、俺に尋ねた。俺は、彼女を抱きしめながら言った。
「もちろん。だから、この指は残していてください。」
俺が言うと、彼女は更に赤くなった。その姿が、とても愛おしかった。
「卒業したら、一緒にサイズ測ろうね。」
俺がからかうように言うと、彼女は拗ねてしまった。それでも、小さく頷いてくれた。あぁ、俺はなんて幸せなのだろう。ずっと、この幸せが続いて欲しい。そう心から願った。

しかし、人生思い通りにいかない。彼女は交通事故に遭い、この世を去った。ここで、俺らの物語は幕を閉じた。

俺は部屋の外に出れなくなった。外に出ると、彼女との思い出が散らばっているから。そんなものを思い出してしまったら、きっと俺は立ち直れない。俺は、部屋の隅に蹲ったまま。傍には、彼女に渡すはずだった指輪。
「内緒にしてたのになー。」
時々、考えてしまう。あの事故がなかったら、俺達はずっと幸せだった。そんな起きない、もう一つの物語。あぁ、俺はもう駄目みたいだ。

10/23/2024, 2:58:32 PM

「もう、いいや。」
そう思った時、僕は空の近くまで上がった。

「なぁ知ってるか?アイツ親が居ないんだとよ。」
学校の奴らは、僕を見てクスクスと笑った。確かに僕の両親は、随分と前に交通事故で亡くなった。人間って単純な生き物なんだ。自分より優れている者を妬み、自分よりも劣っている者を罵る。だから、彼らとは違って親無しの僕は、罵っても良い人間なのだ。
「もう、学校に来んなよ。」
どうせ、来なかったら弱虫だって罵るくせに。本当に面倒くさい。あぁ、気持ちが沈む。空だって、こんなにも淀んでいる。…でも本当に、疲れてきた。

「もう、いいや。我慢するのは、もういいや。」

僕は今、高層ビルの屋上の縁に居る。今から僕は、解放される。きっと天国に居る両親は、馬鹿な子だと言うだろう。それでも、そんな馬鹿な子を産んだのは、アンタらだ。責任を持って、死んでも良いよ、って言えよ。馬鹿でも愛せよ。
「久しぶりに、酸素を感じるよ。」
高層ビルの屋上なんて、酸素が少ないはずなのに。何でだろう。清々しいような、満ち足りているような。そんな感じ。あぁ、そうか。これが生きているって事なんだね。
「はは…。涙が止まらないよ。」
あれ程淀んでいた空は、どこまでも続く青色だ。

僕は、足を前に出し、空へと舞った。

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