「聴いてください。」
演奏が始まる。俺は嫌いだった音楽に耳を傾けた。
「ありがとうございます。」
演奏が終わった。一日二・三曲の路上ライブ。誰一人立ち止まらない、お世辞にも上手いとは言えない演奏だ。
「今日も来てくれたんだ。ありがとう。」
帰宅準備が終わった彼女が、俺の前まで来た。彼女は幼馴染で初恋の人。突然、路上ライブを始めた時は驚いたけど、今は素直を彼女を応援したいと思っている。
帰り道。彼女と喋りながら帰った。
「そういえば、いつからギターやってたの?」
「小学校高学年の時かな?」
「結構長いね。でも、俺が知ったの最近なんだけど。」
「言ってなかっただけ。だって君、音楽嫌いじゃん。」
俺は黙ってしまった。そんな俺を見て彼女は笑った。
「私の音楽だけは、好きなのにね。」
彼女のこういう所が好きだと思った。どんな時でも明るく、笑わしてくれる。
「だって俺は、君のファン一号だしね。」
音楽は嫌いだ。くだらない事に思えてしまうから。実際に音楽を聴いても、つまらなかった。だからそんな音楽を聴く時間が無駄に感じていたんだ。でも、彼女の音楽は嫌いじゃなかった。むしろ、心が安らぐ気がした。
「私は病んだ時に、音楽に救われたんだよ。」
彼女が言った言葉がよく分かる。きっと俺も救われているんだ。彼女の音楽に。これからも傍で聴いていたい。そう願っていた。
彼女が事故に遭い、この世を去るまでは。
彼女が死んでから俺は、暫く泣いていた。でももう、このままじゃ駄目だと思った。俺は彼女が路上ライブを行っていた場所に向かった。形見となったギターを持って。
くだらない事でも、つまらない事でも、それらで彼女が作られていたのなら。俺はその全てを愛したいと思った。
「聴いてください。」
彼女に贈る、下手くそな演奏を。
「死にたい。」
呼吸するように、言葉を吐く。疲れたよ。
「何でこんな事も出来ないんだ。」
父が俺に向かって言う。五月蝿いな。不満も反抗の言葉も浮かぶ。しかし、それらを飲み込む。
「出来るように頑張ります。」
怒られた時は、反抗しない方が良い。余計に相手を怒らせてしまうから。これを俺は幼少期に身に着けた。いつだって怒られないように、嫌われないように、逃げてばっかりだ。俺は弱虫な臆病者だ。
「役立たずが。」
会社の上司に言われた。どうやら俺は、どこに行ってもお荷物のようだ。もう慣れたけど。
「役に立てるように頑張ります。」
俺はいつも通り言う。何千回目の、謝罪をする。
「死にたい。」「辛い。」「疲れた。」
この3つが、頭を支配する。時々思う。俺は何のために生きているのだろうか。自分の意志を殺して、嘘をついて、生きる。本当にこれは俺なのか?違う。俺はこんな人間じゃない。じゃあ俺はどんな人間だ?分からない。自分自身も分からないなら、死んだも同じだ。
死にたい俺は、今日も死ねない。どこまでいっても俺は臆病者だ。そんな俺は神頼みしかできない。
「神様どうか、お願いします。」
朝起きたら、辛くなるから。だからどうか、目が覚めるまでに、この世界を終わらせてください。
「貴方はお荷物でしかないのよ。」
この言葉を最後に、両親は私の前から消えた。
「ねぇ、お話しない?」
誰だ、こいつ?病衣を着ているから、きっと入院患者だろう。身長の低い男の子、中学生ぐらいかな。そんな事を思っていると、彼は少し不貞腐れたように言った。
「僕、高三だから。もうすぐ成人だから。」
驚いた。私と同い年なのか。いや、驚くのは失礼か。私は心の中で謝った。
「君の両親って、何でここに来ないの?」
彼は不思議そうに言った。私は胸が締め付けられた。そして、ゆっくり話し始めた。
私は昔から、体が弱かった。それでも、学校に通えた。私が高校に入る前までは。
「か弱い振りして気持ち悪いんだよ。」
高校に入学してすぐだった。私は虐めのターゲットにされた。両親にも相談した。しかし、誰も信じてはくれなかった。唯一真実を知っている担任は、早々に私を見捨てた。あれから何ヶ月経った頃だ。私は心身を病み、学校に行けなくなったのは。その時から、両親が私を蔑むようになった。私は両親にとってお荷物でしかないのだ。だから、両親は私に会いに来ない。私に価値がないから。
「僕もね。暫く両親に会ってないよ。」
彼は小さく言った。
「僕、もうすぐ死ぬんだ。そんな僕を、両親は捨てた。」
彼の声は、今にも泣き出しそうな声だった。気付いた時には、私は泣きながら彼を抱きしめていた。
「私達、似た者同士だね。」
彼は泣いていた。彼の涙が、私の服に染み込む。その涙はとても温かくて、優しかった。
「これからは、私が君の傍に居る。」
「じゃあ、僕は君を守るよ。」
私達は、小さな病室で誓った。お互いを見捨てないと。
二ヶ月後、彼は亡くなった。余命よりも一ヶ月も生き延びたという。
片付けられた彼の病室。ふと知りたくなった。彼にはどんな景色が見えていたのか。彼は一人でどんな景色を見ていたのか。窓の外を見ると、自然と涙が出た。
「綺麗だね。君みたいに。」
病室の窓から見えるものは、小さい。しかし、温かくて優しい景色が、そこにあった。
「バイバイ。」
そう言って笑う彼は、もう私の中にしか居ない。
「辛い。」
言葉にすると余計に、辛くなる。あーあ、もう良いや。我慢しなくても良いや。私は雨の降る中、屋上に向かった。
「久しぶりに来たな。」
この建物の屋上には、思い出が詰まってる。その思い出の全てには、彼が居た。私の最愛。消え去った人。
「ねぇ、そこからはどんな景色が見えるの?」
彼と出会った日も、連日の雨だった。そして私は、自殺をしようとしていた。
「何も見えないよ。」
「それは君が泣いてるからじゃない?」
そう言い、彼は笑ってくれた。その事が只嬉しかった。久しぶりに誰かの笑顔を見た気がした。気付いた時には、私は全てを話していた。両親からの虐待、クラスでの虐め、辛かった事も悲しかった事も、話した。彼は無言で私の話を最後まで聞いてくれた。そして、言ってくれたんだ。
「これからは俺にも、君の痛みを分けてよ。」
この日から何ヶ月も彼は私の話を聞きに来てくれた。私はその時間のために、生きてきた。
「また明日ね。バイバイ。」
いつものように彼が言う。その帰る姿を眺める。何故だが嫌な予感がした。そして、その嫌な予感は当たった。
彼は交通事故に遭い、この世を去った。
ここに来ると楽しかった思い出が溢れている。それと同じくらいに寂しさが込み上がる。じゃあこの場を去れば良い。それなのに足が動かない。とっくに気づいていたんだ。彼と出逢った時から。
「私、まだ生きていたいんだ。」
その事実を痛感し、涙が出た。今日は辞めよう。この場所は彼との思い出の地だから。雨の日は彼を思い出すから。
生きる=辛い。辛い=死にたい。こんな矛盾が頭を支配する。私は醜い。最愛の人が死んでも、まだ生に執着してしまう。もう生きる理由は消えただろうに。空を見る。雨は止まずに、振り続ける。私は小さく誓った。
「明日、もし晴れたら彼に逢いに逝こう。」
「私と友達になってよ。」
そう言って彼女は、僕を暗闇から引きずりだした。
「友達は出来たか?」
個人面談の際、必ず教師に聞かれる質問だ。僕はクラスでも友達が居ない、カースト外の自他認める陰キャだ。一人は良い。無駄に感情が揺さぶられる事もなく、自分の好きな事に時間を消費できる。この生活が続けば良かったのに。
「今日ここで見た事は、皆には内緒だよ。」
ここは病院の待合室。そんな所で僕は、クラスの一軍女子に詰められている。理由は、僕が見てしまったからだ。彼女が、脳外科から出る瞬間を。
「言わないよ。繊細な事だし。」
僕が当然の事を言うと、彼女は驚いた顔をした。
「本当に?君って意外と、真面目なんだね。」
僕はクラスでどう思われているのやら。
「君は良い奴だね。ねぇ、私と友達になってよ。」
はぁ?僕は唖然していた間に、僕達はメール交換をし終えていた。陽キャは皆、こんな感じなのだろうか。
あれから僕達は、クラスでも話すようになった。その度に何であいつ、みたいな視線が感じた。しかし、その視線に慣れたら案外、彼女との時間も悪くなかった。でも、僕は知っている。この時間はもう終わってしまうのだと。
「今までありがとう。」
そう言う彼女の顔には、覇気が感じられなかった。その事がより、終わりを感じさせた。もうすぐ彼女は死ぬ。それを知っている友達は僕だけだろう。
「君と話せなくなるのは、少し寂しいよ。」
君は悲しそうに言う。彼女のこんな姿を見るのは辛い。
「僕達、出会わなければ良かったね。」
口をついて出た言葉。言った後に気付く。僕はなんて最低な人間なんだろう。死期の近づく彼女を慰めるどころか、突き放すような事を言ってしまった。
「君と出会わなければ、こんな思い知らなかったよ。」
僕は惨めに泣いた。そんな僕を見て彼女は、笑った。
「私のせいじゃなくて、私のお陰でしょ?私は君に出会った事を後悔しない。だって私、今幸せだもん。」
君はそう言って、この世を去った。その顔は満足げに見えた。待って、僕はまだ君に謝ってないのに。
僕は臆病者だ。誰かと関わって傷付くのが怖い。誰かを傷付けるのが怖い。だから、一人でいたい。それでも、本当は一人が嫌だった。寂しいから、誰も居なくて暗いから。でもそんな僕を彼女は、救ってくれた。ありがとう。僕の最初の友達。