海月 時

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「聴いてください。」
演奏が始まる。俺は嫌いだった音楽に耳を傾けた。

「ありがとうございます。」
演奏が終わった。一日二・三曲の路上ライブ。誰一人立ち止まらない、お世辞にも上手いとは言えない演奏だ。
「今日も来てくれたんだ。ありがとう。」
帰宅準備が終わった彼女が、俺の前まで来た。彼女は幼馴染で初恋の人。突然、路上ライブを始めた時は驚いたけど、今は素直を彼女を応援したいと思っている。

帰り道。彼女と喋りながら帰った。
「そういえば、いつからギターやってたの?」
「小学校高学年の時かな?」
「結構長いね。でも、俺が知ったの最近なんだけど。」
「言ってなかっただけ。だって君、音楽嫌いじゃん。」
俺は黙ってしまった。そんな俺を見て彼女は笑った。
「私の音楽だけは、好きなのにね。」
彼女のこういう所が好きだと思った。どんな時でも明るく、笑わしてくれる。
「だって俺は、君のファン一号だしね。」

音楽は嫌いだ。くだらない事に思えてしまうから。実際に音楽を聴いても、つまらなかった。だからそんな音楽を聴く時間が無駄に感じていたんだ。でも、彼女の音楽は嫌いじゃなかった。むしろ、心が安らぐ気がした。
「私は病んだ時に、音楽に救われたんだよ。」
彼女が言った言葉がよく分かる。きっと俺も救われているんだ。彼女の音楽に。これからも傍で聴いていたい。そう願っていた。

彼女が事故に遭い、この世を去るまでは。

彼女が死んでから俺は、暫く泣いていた。でももう、このままじゃ駄目だと思った。俺は彼女が路上ライブを行っていた場所に向かった。形見となったギターを持って。

くだらない事でも、つまらない事でも、それらで彼女が作られていたのなら。俺はその全てを愛したいと思った。
「聴いてください。」 
彼女に贈る、下手くそな演奏を。

8/4/2024, 4:23:24 PM