「うるせぇ!」
そう言って彼女は、僕の手を引いた。
「可哀想な子。貴方には暗闇がお似合いよ。」
母はそう言って、僕を何も無い部屋に閉じ込めた。人目も日の光も当たらぬ、小さな部屋。僕はここでずっと育ってきた。何故なら、僕は呪われているから。
僕が十五歳になった日、神様は僕に呪いをかけた。不老不死になる呪いを。何故僕が呪われたのか。理由は分からない。でもきっと、娯楽が欲しかったのだろう。
「死ねないなんて惨めね。恥ずかしわね。」
母はそう言って、僕を見向きもしなかった。初めはすごく悲しかった。でも、次第に慣れてきた。暗くて、不自由な部屋。僕を閉じ込める鳥かご。それだけが墨の世界だった。しかし何十年も経って、母が死んだ。泣く事はなかった。一人で居る内に、僕の感情は消えてしまったのだ。
母の死から何十年が過ぎても、僕はずっと一人で居た。また誰かに拒絶されるのが、怖いのだ。それなのに。
「僕が気味悪くないの?」
目の前に居る彼女は、僕の話を聞いても僕の横に来る。そんなのって、おかしい。僕は異常なのに。
「気味悪くないよ。だってお前は普通の人間だ。」
「笑えない冗談は辞めてよ。」
これ以上、僕を惨めにしないでよ。
「私の目には、お前は普通の人間に映るよ。」
彼女が言うと、全てが正しく聞こえてしまう。
「違うよ。僕は嫌われるのが怖い、弱虫だ。」
「うるせぇ!それを普通の人間って言うんだよ!」
彼女は僕の手を引いて、抱きしめた。
「何で、こんな僕に構うの?」
「お前が、今にも泣きそうな顔をしてたからだよ。」
僕にとって彼女は、一瞬の時を生きる普通の人間だ。でもその一瞬は、僕が普通の人間として生きれる時だった。
あれから数十年後。彼女は眠りについた。彼女が僕の中の鳥かごを壊した日を、彼女と過ごした日々を、僕は忘れない。そう誓い、僕は彼女の墓に桔梗の花を贈った。涙は暫く枯れそうにないや。
「まさか、お前が死ぬなんてな。」
彼の墓石に向かって言った言葉は、虚しく宙を舞った。
俺と彼は幼馴染で、幼稚園からずっと一緒だった。そのせいか、俺の横に彼が居るのが当たり前になっていた。
「ずっと親友だよ。」
そう笑顔で言う彼は、もう俺の記憶の中にしかいない。
「俺さ、お前が嫌いだよ。」
今更何を言っても、無意味なのに。それでも、何となく言いたくなった。
「天才なお前に付いていこうと、必死に頑張った。でも、お前はどんどん先に行ってさ。」
勉強・運動・人間関係、どれに置いても俺は彼には勝てなかった。それが腹立たしくって、うざったくて、大嫌いだった。それなのに、いつも俺に差し伸べてくれる手が温かくて、嫌いになれかった。どうせ俺は中途半端な野郎だよ。でも、それはお前もだろ。俺を惨めにするだけで、見捨てなかった。いっその事、見捨ててくれたら楽だったのかな。
「俺はまだ、お前に勝ってないのに。逃げやがって。」
涙が溢れた。悔しい、寂しい、色んな感情が頭で回った。
「ずっと親友なら、ずっと傍に居てくれよ。」
あれから一時間ほど、彼の墓石の前で泣き続けた。そのせいで、目が痛い。俺は持っていた、ライラックの花を乱暴に彼の前に置いた。
「いつか絶対、お前に勝ってやるからな。」
俺はそう吐き捨て、その場を去った。
俺達の間あるものは、友情か劣情か。今の俺には分からない。しかし、きっとこの得体のしれないものを、人は絆と呼ぶのだろう。
「笑って。」
先輩は、只笑っていた。
「好きです。」
花咲く頃。俺は先輩に恋をした。
「罰ゲーム?」
「違います。先輩の花を一生懸命育てる姿に一目惚れしました。俺は本気です。付き合ってください。」
俺は体温が上がるのを感じた。先輩は少し顔を赤らめた。しかし、すぐに申し訳無さそうに言った。
「ごめんね。私は君の事何も知らないし。」
分かっていたけど。振られるのは心が痛い。それでも。
「それでも、何度でも告白します。先輩が俺を好きになってくれるまで。」
先輩は嬉しそうな悲しそうな顔をした。
花散る頃。先輩は事故に遭い、亡くなった。
あぁ、本当にもう居ないんだな。先輩の墓石前でやっと実感できた。俺は立っていられず、泣き崩れた。
「まだ好きになって貰って無いのに。」
『君は本当に諦めが悪いね。』
風と共に、先輩の声がした。目をやると先輩が居た。
『君の事が心配で、逢いに来てしまったよ。』
先輩は少し困ったように笑っていた。
『最後なんだ。しみったれた顔じゃないで笑ってよ。』
俺が下手に笑うと、先輩は泣きそうな顔をした。
「先輩、これからも好きです。」
『知ってるよ。』
強い風が吹いた瞬間、先輩の姿が消えた。
〈拝啓 俺が愛した人へ。花咲いて散る間、俺は何度貴方に恋したか。貴方は知っていますか?貴方との別れから三回、花が散りました。そして、また花咲く頃になりました。時々、見に来てくださいね。〉
「生きて。」
そう言って微笑む彼女。本当にずるいよ。
「ドラえもんの道具で、どれが一番欲しい?」
唐突な質問。彼女らしいと言えば彼女らしいが。
「私はね〜。タイムマシン!未来の自分がどうなってるのか知りたい!」
定番だな。僕がそう言うと彼女は、拗ねた顔をした。しかし、すぐに笑顔に戻る。こんな他愛のない会話が、ずっと続くと思っていた。
「大丈夫だよ。泣かないで?」
そう言って微笑む彼女。彼女の体は赤く染まっていた。先程、僕を庇って、信号無視の車に撥ねられた時にできたものだった。僕のせいで彼女が。それなのに只、泣く事しかできない自分を恨んだ。
「私の分まで生きてね。これは命令だよ。」
そう言って彼女は、僕の手の中で死んでいった。彼女が死んで数分後に救急車は到着した。
あの日から僕の世界は真っ黒だ。何度も死のうと思った。しかしその度に、彼女の言葉を思い出す。生きてだなんてずるい言葉。言われた側の気持ちを知らないで。本当に苦しいんだよ。でも、死ねない。このループが僕の人生を回る。きっとこの苦しみは、僕の贖罪だから。
もしもタイムマシンがあったら、僕は過去と未来の両方に行きたい。過去に行って、自分が生まれるのを阻止したい。未来に行って、彼女が僕が居なくても幸せかを知りたい。でも、叶わない。ならば今の苦しみを耐えて、来世で彼女と恋をする資格が欲しい。
『ようこそ、生人図書館へ。何をお求めかい?』
「私の愛する彼の未来が知りたいの。」
『あぁ、あいつのか。いいぜ、死人みたいな姉ちゃん。』
「初対面の私に死人って失礼じゃない?」
『知るか。それで本題に入るよ。あいつは一生涯、誰とも添い遂げぬまま老いてゆく。』
「そう。」
『もっと喜べよ。恋人が誰にも取られないんだ。』
「喜べないわよ。彼が幸せになれない未来なんて。」
『それもそうだ。あいつはお前と結ばれる事を望んだんだからな。お前が死んでたら幸せなんてなれない。』
「やっぱり、知ってたのね。」
『あぁ。お前の事もあいつの事も、知っていたさ。』
「あいつの事って?」
『まだお前が生きていた頃、あいつはここを訪れた。そして、俺に聞いた。お前の未来を。』
「そんなの初めて知った。」
『だろうな。惚れた女の死を知ったら誰だって黙る。』
「じゃあ悪い事をしたわ。先に死んじゃうなんて。願いが叶うなら、彼との日々に戻りたい。」
『残念ながら、俺は神じゃなくて司書だ。願いは叶えられねー。でも、その本はやるよ。』
「いいの?」
『特別だ。未来はいつ変わるかわからない。それを持って、監視しとけ。浮気されたら復讐してやろうぜ。』
「いいわね、それ。」
『今一番欲しいものはなんだ?それに手は届くか?お前は欲しいものを手に入れるために、どこまで墜ちれる?』