海月 時

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7/18/2024, 4:15:55 PM

「何がしたいんだよ。」
焦った声で彼が聞く。私の願いは只一つだけだ。

「こんばんわ。死んでください。」
私は見知らぬ彼に、刃を向けた。しかし、彼は微動だにしなかった。
「殺したいなら、殺せ。」
彼は何事もないかのように言った。違うんだよなー。これでは、面白くない。抵抗する相手を殺す事が、楽しく面白いのだから。
「やっぱり、辞めときます。」
私が立ち去ろうとした時、彼は少し焦ったように言った。
「自己中な野郎め。何がしたいんだよ。」
「貴方は何がしたいんですか?」
彼は少し間を空けて、私に話し始めた。
「死んだ女房と娘に会いたいんだよ。あいつ等、俺を残して事故で死んじまった。俺は何度も自殺しようとしたが、震えが止まらねーんだ。そんな時にお前が現れた。」
「そうですか。」
私は考えた。死を望む彼に、どのような苦しみを与えようか。私を死んだ理由に使おうとした罪は重い。
「それで、お前は何がしたいんだよ。」
「私ですか?そうですね。」
名案を思いついた。面白さもスリムも、絶望も満点。僕は自分の腹に刃を立てた。
「貴方は自分で死ぬ事ができず、一生どん底に居てください。貴方のような人間には、惨めな姿が似合いますよ。」
「何故そこまでする?」
「笑っていたいから。」

昔から夢見ていた。世界が終わる最後まで、笑うのは私だけが良いと。そのためなら、私はどんな大罪も怖くない。さて、これからどうしようか。まずは、神でも殺そうか。

7/17/2024, 3:48:22 PM

「僕の事、忘れないでね。」
本当に馬鹿だな。人間は忘れる生き物なのに。

『何してるの?』
僕が聞いても彼女は何も言わない。ここは駅のホーム。そこに一人の彼女。誰かを待っているようで誰も待っていないような、何処か掴めない雰囲気を持つ彼女。僕は彼女の事を知っている。
『ねぇ、もう諦めたら?』

あれは数年前。僕達に悲劇が訪れた。彼女が【若年期認知症】と診断されたのだ。診断された後からは、より症状が悪化していった。家族の顔も、友人の名前も、僕の存在も彼女は忘れていった。
「良くなったら、電車で旅とかしようよ。」
彼女の記憶から消える事が、ただ怖かった。だから何度も願った。しかし、願いは届かなかった。
「僕の事、忘れないでね。」
彼女は僕を忘れる。これは変わらない事実なのに。僕はいつまで、夢を見ているんだろう。もう嫌だ。彼女の窶れた姿は見たくない。彼女の記憶から消えたくない。もう逃げてしまいたい。僕は彼女からも、現実からも逃げたんだ。死という道を選んで。

『誰を待っているか分からないけど、誰も来ないよ。』
僕は彼女から逃げたくせに、死んでなお彼女に会いに来てしまった。本当に馬鹿だ。僕も、君も。
「誰かに電車で旅をしようっ言われた気がするの。誰かは忘れた。でも、その人がすぐ近くに居る気がする。」
こんな小さな言葉を覚えててくれたんだね。僕は泣き出した。そんな僕を見て彼女は困った顔をした。
「私、貴方に会った事がある気がするわ。」
『さぁ、どうだろうね。』

遠い日の記憶を、辿る。そして願う。もう一度彼女と、恋に落ちる日を願う。

7/16/2024, 1:39:13 PM

「お前みたいに生きれたら良かったよ。」
何でこんな事言ってしまったんだろう。

「何で私ばっかり。」 
これが私の口癖だった。何で私ばっかり、無視されるのだろう、適当に扱われるのだろう、雑用を押し付けられるのだろう、不当な説教を受けるのだろう。心に溜まったモヤモヤを友人にだけは話せた。周りの人にこの事を話したら、きっと私は異物のように扱われる。皆、今の状況を幸せに思っているのだから。皆の幸せが私には、苦痛だった。こんなの、誰を認めてくれない。でも、友人だけは私の話を聞いても、傍に居てくれた。この事が私にはどれだけ救いだっただろうか。でも、嫌な所もある。それは、友人が正しい事だ。いつだって、自分なりの答えを持っていた。その事が嫌だった。私には味方が居ないように感じたんだ。私は鼻声になりながら言った。
「お前みたいに生きれたら良かったよ。」
お前みたいに自由に生きたい、お前みたいに何も考えずに生きたい、お前みたいに自分優先で生きたい。言った後に思う。私はなんて最低なんだ。友人が適当に生きてる訳がない。たくさん悩んで考えたから、今があるのに。きっと私は、ムカついていたんだ。いつも楽しそうな彼女に。本当に自分の醜さに、嫌気が差す。

空を見上げる。空は惨めな私への当てつけのように、晴れていた。何で泣いた日の空は、こんなにも綺麗なのだろうか。

7/15/2024, 4:08:02 PM

「ごめんね。」 
何度目だろう。彼にこんな顔をさせたのは。

「ずっと私の事守ってくれる?」
昔、彼に聞いた事があった。私にとって彼は運命の人で、白馬の王子様だった。そんな彼にずっと傍にいて欲しくって、ずっと守って欲しくって、聞いたんだ。
「もちろん。ずっと君の傍で、君だけを守るよ。」
彼は言ってくれたんだ。私の事を煙たがる様子もなく、太陽のような笑顔で言ってくれたんだ。私はその事が嬉しくって、毎日のように聞いてたっけ。でもその事が、彼を苦しめるなんて。

高一の夏、私は事故に遭い死んだ。

「守れなくてごめんね。傍に居れなくてごめんね。」
私が死んでから、彼は月に一回、私の墓参りに来てくれた。その度に、墓石に向かって謝っては泣いていた。その姿を見る度に、胸が締め付けられた。彼は何も悪くないのに。私が悪いのに。もうこんな彼の姿見たくない。もう彼を縛りたくない。ならばもう、終わりにしよう。

もう彼に会いに行かない。彼に憑かない。彼に恋をしない。最初からこうすれば良かったんだ。私は死んだ。その時点で、私の恋は終わったんだ。でも心の底では、彼がまた太陽のような笑顔で私を呼んでいる、そんな夢が消えないでいる。
『あぁ、失恋ってこんなに苦しいんだ。』
『そうだよ。俺も君が居なくなって、苦しかったよ。』
後ろを振り向く。彼が笑顔で立っていた。
『君の傍で、君を守るために。逢いに来たよ。』
私の恋は終わったはずなのに。私はまた、彼に恋をした。

7/14/2024, 2:57:21 PM

「僕から離れないでね。」
当たり前だろ。俺等は二人で一つだ。

「双子なのに、似てないわね。」
うるせーな。聞き飽きたわ。口では悪態をついても、心は沈黙し続ける。優等生な兄貴、劣等生な弟の俺。そんな肩書が俺達には憑いて回った。兄貴と比べられる日々。もう慣れた。それに俺には癒しはあった。
「弟〜。一緒にゲームしよ。」
それは兄貴の存在だ。俺みたいな兄弟で差別された奴は、だいたい兄弟の事を嫌いに思うだろう。俺も昔は、嫌いだったさ。しかし今は、俺の大好きな兄貴だ。
「今日は勝つからね。」
そう意気込む兄貴。こんな俺と一緒にいてくれる兄貴を、嫌いになれるはずない。こんな楽しい日々が、続いて欲しかった。

「頼むから死んでくれよ。俺の息子は一人でいい。」
あーあ。何となく分かっていた。俺は不要な人間なんだって。でもさ。実の父親に言われると、さすがに心が痛いよ。もう何でもいいや。死んでもいいや。俺なりに努力して来たつもりなんだけどな。色んな思いがこみ上がる。でも、考えるのも疲れた。俺は庭の倉庫からロープを持ち出し、自室に籠もった。

「何してるの?」
俺が首を吊る準備が終わった瞬間、兄貴が俺の部屋に入ってきた。兄貴の顔に焦りと不安が現れた。
「辞めて。死のうとしないで。僕の傍に居てよ。」
「無理なんだ。親は俺の死を望んだ。俺はそれを叶える。ただの親孝行さ。」
俺が平坦に言うと、兄貴は何も言わなくなった。その代わり、机に置いてあったロープの余りを手に取った。そして俺の輪っかの横に、同じ輪っかを作った。
「辞めろ。お前が死んだら皆悲しむんだぞ。」
「嫌だ。弟の居ない世界を生きるぐらいなら、僕は親不孝者でいい。僕の家族は弟だけでいい。」
はぁ。本当に馬鹿な兄貴だよ。でも、兄貴に見つからない場所で死のうと思えなかった俺も、十分甘ったれな馬鹿だな。馬鹿者同士、こんな結末がお似合いかもな。

「本当にいいのか?俺のために死んで。」
「何を今更。僕は君と居ればそれでいいんだよ。」
椅子に登り、ロープで作った輪っかに首を掛ける。
「でも、少し怖いや。だから、僕から離れないでね。」
俺達は手を取り合って、仲良く宙に浮いた。

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