海月 時

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7/13/2024, 3:09:06 PM

『可哀想な方ですね。』
そんな目で、俺を見るな。

「何故こんな事をした?」
裁判官が俺に聞く。スラム街で育ち、早くから犯罪に手を染めた俺。次第に、強盗や暴行にも慣れ始めた。もっとスリルを。もっと快感を。気付いた時には俺は、この街に名を轟かせる殺し屋になっていた。
「ただ優越感に沈りたかっただけさ。」
俺が言うと、誰もが異物を見るような目で見た。あぁ、たまらない。お前達のその表情が、より俺の存在を上げてくれる。もっと俺を楽しませてくれ。俺は自分の命が消える瞬間まで、そう叫んでいた。

ここはどこだ?真っ暗なだけで何も無い。俺は確か死んだはず。じゃあここは、死者の国なのか?
『ここは地獄ですよ。』
何者かが言う。誰だこいつ?それに地獄だって?あり得ない。この俺が何故地獄なんかに居るんだ。
『おや、自分が何故ここにと言いたげですね。当然のことでしょう。貴方は大罪を起こしたのですから。』
罪?殺しが罪なのか?俺の世界では当たり前の事だった。
『親に禄に育てられてないのでしょう。可哀想な方ですね。そんな貴方にチャンスを与えましょう。』
おい、俺をそんな生易しい目で見るんじゃねー。惨めに見えるだろうが。
『おや、チャンスは不要ですか?折角、貴方のライバルになりゆる方が居るのに。』
ライバル?そいつは誰だ?そいつに勝てば俺は更に優越感に沈れるのか?
『さぁ、どうしますか?』
やってやる。俺にはこんな、惨めな姿は似合わない。俺が頷くと、何者かは不気味な笑みを浮かべた。

『ようこそ、生者の未来を記す図書館。生人図書館へ。』
さぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。見下してくるあいつの未来はどんなものか。優越感、劣等感、どちらが生まれても自己負担。今宵はどんな、喜劇を静観する?

7/12/2024, 2:11:45 PM

「本当に役立たずだな。」
俺は思い知った。今まで見てきたものは幻想なのだと。

「良く出来ました。」
俺は、優秀だった。昔は勉強が嫌いだった。しかし、教育熱心な両親はそれを許さなかった。常に上へ。それが俺の家の教えだった。俺が間違えると、両親は冷やかな目で俺を見た。それがただ怖くって、たくさん努力してきた。次第に周りから称賛される度に俺は優越感に沈れた。
「お前は出来の悪い息子だよ。」
小学校と中学校では、通う生徒はほぼ変わらなかった。だから、今まで一位をキープできた。しかし、高校ではレベルの高い生徒ばかり集まっているため、俺の成績は次第に下がっていった。その都度、両親からのプレッシャーは増えていった。毎日、勉強。それでも、結果が変わる訳もない。俺の心は、崩れていった。

『何してるの?』
誰だこいつ?てか、なぜ俺の部屋に居るんだ?
『あ、お邪魔してます。』
今更かよ。それにしても、ドアに鍵を掛けたはずなのに。
「見れば分かるだろう。首吊り自殺だよ。」
『死んじゃうの?自分で?』
「これまでずっと積み上げてきたものも、全部を否定されたんだ。嫌にもなる。」 
『これは君の人生であり、物語だ。君が物語を進めるか終わるかは、君が決めるべきだ。』
話が掴めない。普通人間の場合、俺を止めるだろ。
「それより、お前は誰だ?何のために来た?」
俺が聞くと、彼は静かに笑った。
『僕は死神。君を死へと誘うために来た。』

あいつは死神だったのか。だから、鍵が掛かったドアを通る事が出来たのか。
「死神さん。あの世はどんな所なんだ?」
『苦などない楽園だよ。』
死神もあの世も、科学では証明されないもの。それでも、俺は信じようと思った。俺がこれまでずっと積み上げてきた全てが偽物だとしたら、この世界で偽物だと言われた事が本物だと、俺は信じたかった。

7/11/2024, 2:10:56 PM

「一生君の傍に居る。」
こんな事を言った過去の自分を殴ってやりたい。

「もう最後だね。」
窓の外を眺めながら彼女が言った。顔がよく見ない。しかし、泣いているような気がした。
「そんな事言わないでよ。」
僕は泣いていた。そんな僕の涙を彼女は拭ってくれた。
「泣かないで。笑って。」
何でこんなに優しい彼女が、病気で死ななければならないのか。僕は神を呪った。
「一生君の傍に居る。だから、君も僕から離れないで。」
僕の言葉を聞いた彼女は、少し悲しそうな顔をした。
「ありがとう。」
そう言う彼女の顔は、どこか悲しそうな笑顔だった。

〈今までありがとう。君のお陰で楽しい人生だったよ。私があっちに逝っても、泣かないで笑っててね。〉

彼女の遺書を読んで、僕は泣いた。あの時、一生なんて言わなければ良かった。彼女にとってあの言葉はどれだけ辛かったか。どれだけ呪ったのか。もっと考えて、言えば良かった。謝らなきゃ。僕が彼女を苦しめたのなら、僕は謝らなきゃ。じゃないと、彼女の彼氏だなんて名乗れないよ。僕は屋上に向かった。

〈今から逝くよ〉
僕は彼女宛に、一件のLINEを送った。送信してから思う。何で僕はこんな無駄な事をしたのか。分からないけど、死への恐怖を振り払いたかったのかも。彼女はこんなに怖い事を、一人で抱えていたのか。でも大丈夫。これからは、僕も一緒に抱えるよ。僕は、重力に従うように落ちて逝った。

7/10/2024, 2:22:56 PM

『起きる時間だよ。』
嫌だよ。起きたくない。

『おはよう。』
俺は言葉が出なかった。目の前には、死んだはずの彼女が居たのだ。彼女は変わらぬ、優しさを纏っていた。
『ここがどこか分かる?』
「もしかして、天国?」
『半分正解かな。ここはね、あの世とこの世の堺目。』
俺は少し残念に思う。俺は完全に死に切る事が出来なかったのだから。

彼女が亡くなった日から、俺の世界は彩りを失った。何もしてもつまらないし、ただ辛いだけだった。だから、自殺しようと思った。彼女に逢いに逝こうと思った。そして、俺は飛び降りた。

『さぁ、もう起きる時間だよ。』
彼女は微笑みながら言った。嫌だ。ここに居たい。彼女と一緒に居たい。そんな言葉にならない、感情がこみ上げてくる。
『君はまだ生きるべきだ。』
「そんな事ないよ。誰も悲しまないし、気にしないよ。」
『私は君が死んだら、悲しいよ。』
ずるいよ。そんな事言われたら、生きたくなっちゃうじゃん。俺は泣いていた。
『来世で逢えたら、また恋をしよう。』
そういった彼女の頬は濡れていた。

目が覚めると、真っ白な天井が目に映る。彼女の面影はどこにもなかった。しかし、彼女が見守ってくれている気がした。これからどう生きようか。窓の外を眺める。そして思う。彼女との思い出を辿るのも良いかもしれない。

7/9/2024, 2:04:55 PM

「可哀想に。」
お願いだから、そんな言葉、言わないでよ。

「死ねよ。」
何度も実の姉に言われた言葉。その度に私はどう思っていたのだろうか。もう忘れたよ。自己中心的な姉二人、その二人優先な両親。それが私の家族。時々、思う。私は異物なのだと。家でも学校でも、どこに行ったって馴染めない。それでも、我慢する。自分が笑える場所を求めて、作り笑みを浮かべながら。だけど、もう限界かも。

「こんな所で、何してるの?」
私がフェンスを登り終えた時、後ろで声がした。振り返ると、そこには無表情の男子学生が居た。
「見れば分かるでしょ。自殺だよ。」
私がそっけなく答えると、彼は退屈そうに言った。
「自ら命を絶つだなんて、可哀想に。」
何言ってるんだこいつ。私が可哀想?ふざけんな。
「自分が選んだ道を突き通す事の何が悪い?あんたには異常かもしれないけど、私に正常なの。」
大声を上げてしまった。彼は少し驚いた顔をしていた。
「僕にとっても異常じゃないよ。君からの視点だけで語らないで。僕の事、何も知らないくせに。」
「あんたに何があったって言うのよ。」
「僕だって死にたいと思うよ。虐めが始まった時から。」
「何で何もしなかったの?」
「この日々が、当たり前になってしまったからかな。」
胸が締め付けられた。ここにも居た。私と同じ人間が。
「でもさ、やっぱ悔しいよ。」
彼は話した。私達の人生を壊す方法を。
「きっと僕と君は似た者同士だ。だから、一緒に当たり前を壊しに行きませんか?」

あの日、あの時、彼が言った言葉に私の心は動いた。彼となら、不可能なんてない気がした。私たちは誓った。私達の当たり前が壊れる様を、二人で見よう。そして心の底から笑ってやろう。

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