『正解なんてないんだよ。』
彼が言う。俺はその言葉に心を奪われた。
『生きたいのか死にたいのか、あいまい過ぎだよ。』
彼がため息を付く。彼は死神らしい。そして俺は、彼に余命宣告をされた人間だ。元々この世に未練はなかった。それでも、死ぬのは怖いものだ。
「すみません。潔く死ねなくて。」
『君は謝らないで良いよ。僕もごめんね。勝手に余命決めて、死ねなんて言っちゃって。』
俺たちの間に沈黙が流れる。気まずい空気の中、俺が口を開ける。
「死神さんにとって、生きるって何ですか?俺、いまいち人生に意味持てなくて。」
『そうだなー。人生って人間の数だけあるんだから、意味なんてないんじゃないか。きっと正解なんてないんだ。』
彼の言葉で一気に腑に落ちた。俺は今まで、何を悩んでいたんだろう。生きる事も死ぬ事も意味なんてない。ただの人生の一部でしかないんだ。
「ありがとうございます。俺は自分が正しいと思った人生を生きます。あいまいなままは辞めます。」
俺がそう言うと、彼は微笑んだ。
『大丈夫?怖くない?』
「はい。もう大丈夫です。これは俺が選んだ、正しい道ですから。」
この道は正しい。あいまいではなくはっきりと言える。俺は屋上から空を見る。昼なのか夜なのか分からない、あいまいな空。そんな空の中に、俺達は消えていった。
「土砂降りだね。」
彼女が呟く。雨のせいだろうか。彼女はどこか儚かった。
「桜より、あじさいの様に生きたいよ。」
突然、彼女が言った。いつもは明るく元気な彼女。しかし今日は、どこか悲しみが表情に含まれている。
「どうして?」
僕は彼女に気を使わせぬよう、笑顔で聞いた。
「桜はだんだんと散っていくでしょ?それは嫌なの。私はあじさいの様に、落ちる時は老いてからがいいの。」
彼女の想いに、胸が苦しくなる。
「まぁ、私には過ぎた夢かもだけど。」
そんな事ない、なんて軽々しく言えない。彼女の現状は誰よりも理解している。その分、苦しみも増えていく。それでも、笑顔は崩さない。彼女が気軽に話せる存在。それが僕なのだから。僕が暗い顔なんてできない。
「今度、あじさいを見に行こうか。」
僕の提案に、彼女は笑顔を見せた。少しでも彼女が喜ぶように気を回す。それが僕の役目だった。
「今までありがとう。元気でね。」
「やめてよ。お別れの言葉なんて聞きたくない。」
「ごめんね。」
彼女が死んだ。元々体が弱かったが、最近は悪化していた。そして、死んだ。僕は知った。この世界の不平等さを。もう嫌だよ。
〈私の夢は君に託した。〉
僕宛の彼女からの遺書。これだけしか書かれていない遺書。しかし、それだけで伝わる。彼女の想いが、優しさが。もう少し、生きようかな。
あじさいの様に生きる事を望んだ彼女。そんな彼女に魅了された僕。結ばれない恋だとしても、いいよ。彼女の願いを叶えられるなら。
やりたい事。
特にないな~。
欲もなく、夢もなく、才能もない。俺はそんな人間。
でもいつか、
『お前と一緒に年を取りたい。』
なんて、言ってみたいものだ。
「暖かいね。」
弟が言う。俺達は顔を合わせ、微笑んだ。
「眠たい。」
勉強のし過ぎで、脳が回らない。少し休憩しよう。いや、勉強しないと。お父さんに怒られちゃうから。
「お兄ちゃん。大丈夫?疲れてない?」
弟が俺の部屋に入ってきた。俺の弟は、世界一優しくて、頭が良くて、運動もできる、自慢の弟だ。
「大丈夫だよ。どうかした?」
俺が笑顔で答えると、弟は天使のような微笑みを見せた。
「お兄ちゃんとゲームしたいなって。」
「いいよ。今日も負けないから。」
弟は今日こそは、と意気込んでいた。俺はこの時間が好きだ。この時間だけは、辛い事を忘れられた。
「お前は本当に出来の悪い子だよ。」
父が呆れたように言う。俺は、弟よりも劣った存在だ。それでも、父の期待に応えたい一心で努力してきた。
「もっと頑張るよ。」
いつも通り、笑顔で返す。父は気味悪そうに俺を見る。それでも、俺は笑顔を絶やさない。
弟が産まれてから、俺の人生は変わった。全てにおいて、弟の才能には勝てなかった。ゲームの時だって、弟は手加減していた。何をしても駄目な俺。昔はこうじゃなかったのにな。弟のせいで、そんな暗い感情が頭から消えない。ならいっそ、弟なんて消してしまいたい。
「お兄ちゃん。お父さんを殺したの?」
俺が頷く。俺は今、俺を否定してきた父を殺した。解放されたはずなのに、心は沈んだまま。
「お兄ちゃんは僕を殺すの?」
「お前が居ると、俺の存在した意味がないんだ。」
俺が答えると、弟は涙を流した。
「それなら良いよ。世界一大好きなお兄ちゃんのためなら、僕死ねるよ?」
俺の中から殺気が消えた。あぁ、俺はなんて事を。世界一愛している弟を殺そうだなんて。
「ごめん。やっぱり無理だ。お前には生きて欲しい。」
罪を償おう。俺は、持っていたナイフで自分の腹を刺した。「お兄ちゃんがそんな事するなら、僕だって。」
弟は、俺からナイフを取り自分の腹を刺した。
「朝日が暖かいね。」
俺達は、手を繋いだ。朝日の温もりを浴びながら俺達は天に昇った。
『ようこそ。故人図書館へ。』
「こんばんわ。相談乗ってくれる人だよね?」
『私は、ここの司書です。相談に乗るのは、専門外です。』
「それでさ。聞いて欲しいんだけど。」
『私の話は無視ですか。まぁ、いいでしょう。』
「世界は広い、何ていうのは間違ってるよね。」
『その心は?』
「実際の世界は、狭いよ。生と死、善と悪、男と女、全部が二択の分かれ道。何が正しいか分からないよ。」
『左様でございますか。それならば、死を選べばよろしいのでは?』
「何で?」
『死は、誰しもに与えられるものです。皆が通る道、それこそが正しいのでは?』
「なるほどね。確かにそうかも。」
『納得いただけましたか。ならば幸いです。』
「でも、死ぬのは怖いな。」
『この世で、一人で死ぬ者はいませんよ?それでも怖いなら、神にでも祈るのはどうですか?』
「何て祈るの?」
『そうですね。来世ではもっといい人間に作ってください、とかですかね。』
「なにそれ。良いね。」
『喜んでいただき幸いです。』
「僕の人生、楽しみにしといてね。バイバイ。」
『お待ちしております。』
『人生には複数の岐路があります。貴方様の前にも、岐路が立ち塞がるかもしれません。その時、どうなさいますか?私なら、岐路を絶つために、死にますかね。』
『本日も貴方様をお待ちしております。』