海月 時

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「土砂降りだね。」
彼女が呟く。雨のせいだろうか。彼女はどこか儚かった。

「桜より、あじさいの様に生きたいよ。」
突然、彼女が言った。いつもは明るく元気な彼女。しかし今日は、どこか悲しみが表情に含まれている。
「どうして?」
僕は彼女に気を使わせぬよう、笑顔で聞いた。
「桜はだんだんと散っていくでしょ?それは嫌なの。私はあじさいの様に、落ちる時は老いてからがいいの。」
彼女の想いに、胸が苦しくなる。
「まぁ、私には過ぎた夢かもだけど。」
そんな事ない、なんて軽々しく言えない。彼女の現状は誰よりも理解している。その分、苦しみも増えていく。それでも、笑顔は崩さない。彼女が気軽に話せる存在。それが僕なのだから。僕が暗い顔なんてできない。
「今度、あじさいを見に行こうか。」
僕の提案に、彼女は笑顔を見せた。少しでも彼女が喜ぶように気を回す。それが僕の役目だった。

「今までありがとう。元気でね。」
「やめてよ。お別れの言葉なんて聞きたくない。」
「ごめんね。」

彼女が死んだ。元々体が弱かったが、最近は悪化していた。そして、死んだ。僕は知った。この世界の不平等さを。もう嫌だよ。
〈私の夢は君に託した。〉
僕宛の彼女からの遺書。これだけしか書かれていない遺書。しかし、それだけで伝わる。彼女の想いが、優しさが。もう少し、生きようかな。

あじさいの様に生きる事を望んだ彼女。そんな彼女に魅了された僕。結ばれない恋だとしても、いいよ。彼女の願いを叶えられるなら。

6/13/2024, 2:33:47 PM