海月 時

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6/9/2024, 2:36:21 PM

「暖かいね。」
弟が言う。俺達は顔を合わせ、微笑んだ。

「眠たい。」
勉強のし過ぎで、脳が回らない。少し休憩しよう。いや、勉強しないと。お父さんに怒られちゃうから。
「お兄ちゃん。大丈夫?疲れてない?」
弟が俺の部屋に入ってきた。俺の弟は、世界一優しくて、頭が良くて、運動もできる、自慢の弟だ。
「大丈夫だよ。どうかした?」
俺が笑顔で答えると、弟は天使のような微笑みを見せた。
「お兄ちゃんとゲームしたいなって。」
「いいよ。今日も負けないから。」
弟は今日こそは、と意気込んでいた。俺はこの時間が好きだ。この時間だけは、辛い事を忘れられた。

「お前は本当に出来の悪い子だよ。」
父が呆れたように言う。俺は、弟よりも劣った存在だ。それでも、父の期待に応えたい一心で努力してきた。
「もっと頑張るよ。」
いつも通り、笑顔で返す。父は気味悪そうに俺を見る。それでも、俺は笑顔を絶やさない。

弟が産まれてから、俺の人生は変わった。全てにおいて、弟の才能には勝てなかった。ゲームの時だって、弟は手加減していた。何をしても駄目な俺。昔はこうじゃなかったのにな。弟のせいで、そんな暗い感情が頭から消えない。ならいっそ、弟なんて消してしまいたい。

「お兄ちゃん。お父さんを殺したの?」
俺が頷く。俺は今、俺を否定してきた父を殺した。解放されたはずなのに、心は沈んだまま。
「お兄ちゃんは僕を殺すの?」
「お前が居ると、俺の存在した意味がないんだ。」
俺が答えると、弟は涙を流した。
「それなら良いよ。世界一大好きなお兄ちゃんのためなら、僕死ねるよ?」
俺の中から殺気が消えた。あぁ、俺はなんて事を。世界一愛している弟を殺そうだなんて。
「ごめん。やっぱり無理だ。お前には生きて欲しい。」
罪を償おう。俺は、持っていたナイフで自分の腹を刺した。「お兄ちゃんがそんな事するなら、僕だって。」
弟は、俺からナイフを取り自分の腹を刺した。

「朝日が暖かいね。」
俺達は、手を繋いだ。朝日の温もりを浴びながら俺達は天に昇った。

6/8/2024, 3:27:15 PM

『ようこそ。故人図書館へ。』
「こんばんわ。相談乗ってくれる人だよね?」
『私は、ここの司書です。相談に乗るのは、専門外です。』
「それでさ。聞いて欲しいんだけど。」
『私の話は無視ですか。まぁ、いいでしょう。』
「世界は広い、何ていうのは間違ってるよね。」
『その心は?』
「実際の世界は、狭いよ。生と死、善と悪、男と女、全部が二択の分かれ道。何が正しいか分からないよ。」
『左様でございますか。それならば、死を選べばよろしいのでは?』
「何で?」
『死は、誰しもに与えられるものです。皆が通る道、それこそが正しいのでは?』
「なるほどね。確かにそうかも。」
『納得いただけましたか。ならば幸いです。』
「でも、死ぬのは怖いな。」
『この世で、一人で死ぬ者はいませんよ?それでも怖いなら、神にでも祈るのはどうですか?』
「何て祈るの?」
『そうですね。来世ではもっといい人間に作ってください、とかですかね。』
「なにそれ。良いね。」
『喜んでいただき幸いです。』
「僕の人生、楽しみにしといてね。バイバイ。」
『お待ちしております。』

『人生には複数の岐路があります。貴方様の前にも、岐路が立ち塞がるかもしれません。その時、どうなさいますか?私なら、岐路を絶つために、死にますかね。』

『本日も貴方様をお待ちしております。』

6/7/2024, 2:47:16 PM

「明日世界が終わるなら、何がしたい?」
僕の顔を覗き込みながら聴く彼女。あの時は何も言えなかった。でも今から言える。僕はー。

【隕石激突!地球最後の日。】
そう大々的に書かれたポスター。〝地球最後〟実感の湧かない言葉。まぁ、この人生が早く終わるなら別にいいけど。そんな事を考えながら家に帰った。

部屋に入ると、彼女との写真が目に映った。彼女は空想が大好きで、良くSF小説を読んでいた。誰よりも優しくて、可愛い彼女。しかし、そんな彼女はもう居ない。事故に遭って亡くなった。その時は絶望し、涙が止まらなかった。それでも、時は全てを流す。涙は枯れてしまった。僕は、写真を伏せた。

もうすぐ地球が終わる。隕石は視認できるほど近くに来ている。外には誰も居ない。静けさだけを感じられた。僕は今、彼女の墓の前に居る。最後の墓参りだ。
『昔よく話したよね。地球最後の日にやる事。』
彼女の声が聞こえた。僕が顔を上げると、彼女が笑顔でそこに居た。
『結局、君は何も答えてくれなかったけど。』
拗ねたような顔を見せる彼女。僕の頬には温かいものが流れた。逢いに来てくれたんだ。
「君が消えてからね、ずっと思ってたんだ。早く終わりたいって。でも、良かった。また君と出逢えたんだから。」
『私も君に逢いたかったよ。』
僕達は笑い合った。地球が終わるまでずっと。

地球最後の日。僕の願いは、君ともう一度恋をする事だ。

6/6/2024, 3:21:28 PM

『お前を殺してやるよ。』
私はこの言葉に強く惹かれていった。

『人間を殺すのは辞めなさい。』
私が叱ると、彼は鬱陶しそうな顔をした。私と彼は、天使と悪魔だ。天使は死者を救い、悪魔は死者に罰を与える元人間。それなのに、彼は生きている人間を殺してしまう。許されるはずのない事だ。
『お前には関係ないだろ。彼奴等は死んでもいいんだ。』
『死んでいい人間なんていません。』
『善人ぶってんじゃねーよ。』
彼はそう言って、立ち去った。

私には秘密がある。本当は彼の事が好きだ。自由奔放に生きる彼に惹かれた。自分とは真逆な彼が好きだ。この気持ちは伝えれない。天使と悪魔だからだ。交わってはいけない、二つの生命。あぁ、こんな事なら悪魔になりたい。

『おい。何やってんだ。』
彼が私に聞く。私は今、人間を殺した。もう天使は疲れた。彼と共に生きれるなら、悪魔に堕ちたいと思った。
『これで私は、善人ではなくなりましたね。』
『そんな事はない。お前は死ぬまで天使だ。』
やめてよ。そんな事言わないでよ。
『俺はお前を殺す。そうしたら、お前は天使のままだ。』
何て無茶苦茶な事を。私は思わず笑ってしまった。
『駄目ですよ。天使殺しは、大罪です。』
『俺は沢山の人間を殺した。罪の意識なんてね―よ。』
彼の大鎌が、私の首に掛かる。痛みはなかった。ただ終わるという感覚が、宙を舞った。

彼は、最悪の大罪人。そんな彼を愛し、罪を犯した私は、最悪な天使。最悪な二人の間には、最高の絆があった!

6/5/2024, 2:26:13 PM

「時は良い子だね。」
何度も言われてきた言葉。こんな言葉、大っ嫌いだ。

「何でこんな事も出来ないんだ!」
昔、父から言われた言葉だった。その言葉を聞いて、俺の中に憎悪が生まれた。出来損ないに産んだのはお前達の癖に。努力をしてきたのを知らない癖に。何でお前達が上から物を言うんだ。どれだけ苛立っても、俺が逆らう事はなかった。
「ごめんなさい。」
いつだって自分の本音を隠す。俺の顔には仮面が張り付いていた。きっと誰も知らない、俺だけの秘密。

あの日から俺は、〝都合の〟良い子を演じていた。家族思いで、真面目で、強い子を演じた。時々思う。本当の俺を知ったら、皆はどんな顔をするのだろうか。本当は家族が大嫌いで、自分の評価のために不登校の子を利用したり、平気で嘘をつく俺。こんな俺、愛されるはずがない。自分で自分を嘲笑った。自分を殺し続けても、俺は仮面を外さない。

疲れた。こんな毎日もう嫌だ。俺の事を知らない癖に、時なら大丈夫、時は良い子、時は優しいなんて言葉を言いやがって。偏見だらけのレッテルを貼るな。期待するな。嫌なはずなのに、もう抗う気にもなれない。終わりたい。辛い。頭が支配される。それでも俺は、仮面は外さない。これだけが、俺の酸素を吸う方法だから。

俺の秘密は消えない。この亀裂だらけの仮面が、壊れるまでは。壊れたらどうしようかな。

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