海月 時

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6/3/2024, 3:28:26 PM

「ごめん。」
彼の最後の言葉が頭から離れない。

「もう別れよう。」
突然彼から言われた言葉。頭の整理が追いつかない中、口は勝手に動いた。
「何で、どうして?私何かしちゃった?」
彼は横に首を振った。
「君は悪くない。僕が悪いんだ。」
それだけ言って、彼は立ち去った。暫くの間、私はその場から動けなかった。

彼の事が忘れられなかった。頭の整理がついても、彼の居ない日には慣れない。全てが退屈だった。何をしても彼を思い出す。そんな日々が何ヶ月も続いた。そしてある時、一通の手紙が届いた。それは、彼の母親から送られてきた。書かれている内容を見て、私はすぐに走りだした。

私は今、彼の墓の前にいる。どうやら私の想い人は、もうこの世に居ないらしい。死因は病死。私を振った時には、もう余命が決まっていたのだ。そんな彼は、私宛の遺書を母親に託し死んだ。
〈幸せにできなくて、ごめん。〉
これだけが書かれた遺書。私は涙を堪えて、彼の墓に向かって言った。
「君は馬鹿だよ。私は十分幸せだった。君のお陰でね。だからさ。君の苦しみを私にも背負わせて欲しかったな。こんなお別れなんて、嫌だよ。」
堪えていた涙が溢れてくる。それと同時に、今までの思い出が脳内に流れた。あぁ、もっと一緒にいたかったよ。

失恋って、恋を失うだけじゃなくて、心も失うんだ。あの時、失恋した私。それでも願ってる。彼との恋を奪い返せる時を。



6/2/2024, 2:22:08 PM

「自由に、どこまでも飛んでいきたいね。」
そんな事を言う彼。自由って本当にあるのかな。

「いいな―。女の子って。」
スカートいいなー。堂々と化粧できて良いな―。僕は街を歩く女子を見て呟いた。僕の体は男だが、心は女だ。少し異質な僕。そんな僕を世界は認めない。いつだって否定してくる。お前は間違っていると、指を差す。だから、隠した。自分の気持ちを殺した。そうしたら、世界は優しくなった。僕は男。何度も自己暗示を掛けた。その度に心が叫んだ。耳を塞ぎたくなる程の大声で。いつしか、死を夢見るようになった。その思いが溢れた時、僕は屋上へと向かった。

屋上には先客が居た。僕が去ろうとした時、先客が話しかけてきた。
「ここから飛んだら、自由になれるのかな?」
「分かんないよ。でも、この世界に自由なんてないよ。」
僕の答えに彼は、だよねと言った。僕は彼に聞いた。
「君はなんでここにいるの?」
「気付いたんだ。自分は親の操り人形だって。自分の意志を無視してきたって。だから、最後ぐらい自分の気持に正直になりたいんだ。君はどうして?」
「僕は女の子になりたい。」
僕の告白を聞いても、彼は気味悪がらなかった。
「それいいね。君とはいい友達になれそうだ。」
思いがけない言葉に動揺する。そして、涙が止まらなくなった。そんな僕を見て、彼は笑顔で言った。
「明日、一緒に自由になろうよ。」

「昨日ぶりだね。」
僕が現れると、彼は笑顔で迎えてくれた。そして、少し驚いたような顔をした。無理もない。今の僕は、ワンピースを着て可愛く化粧をしているのだから。
「ねぇ。〝私〟可愛い?」
「世界一。」
そして私達は、自分を縛ってきた枷を断ち切った。

誰もが自由になれず、自分を殺し続ける世界。正直者が弾圧される世界。そんな腐った世界で、きっとこの一瞬は、私達だけが自由を謳歌する正直者だった。

6/1/2024, 1:13:34 PM

『ごめんね。』
きっとこの言葉は、彼女には届かない。

「ごめん。私のせいで。ねぇ、何か言ってよ。」
僕の体を揺する彼女。僕は何も言えない。言えても聞こえない。なぜなら、僕はもう死んでいるから。

あれは僕が生きていた時だった。彼女とのデートの日。僕は張り切りすぎて、集合時間の一時間も早く来てしまった。彼女を気長に待ちながらいた。そして、約束の十分前に彼女は現れた。信号を駆けてくる彼女。僕も近くに行こうとした時だ。赤信号にも関わらず、車が突進してきたのだ。このままでは彼女に打つかる。そう思った瞬間、体が勝手に動いたのだ。彼女を死なせたくない。その思いで、僕は彼女を庇った。そして、体に衝撃が走った。気が付いた時には、僕は死んでいた。

雨音が響く。梅雨の時期か。僕が呑気に思っている時、目の前では彼女が自殺しようとしていた。何度も辞めるよう叫んだが、彼女には聞こえない。ならば、彼女の好きにさせようと思った。
『好きだよ。』
僕がそう言った時、彼女がこちらに振り向いた。そして、何か呟いた。しかし、雨音のせいで聞こえない。それでも確かに届いたのだ。彼女への愛は死さえも消せない。彼女は満足そうな顔で、飛び降りた。

『何考えてるの?』
僕が思い出に浸っていると、彼女が不思議そうに聞いてきた。僕は何でもないよと、微笑みながら答えた。そういえばと思い、僕は彼女に聞いた。
『そういえば、あの時なんて言ったの?』
『あぁ。梅雨送りは一緒にしようねって言った。』
そうだったのか。彼女への愛おしさが溢れてくる。僕は雨音に負けぬ声で言った。
『世界で一番愛してる。』
『私は宇宙一好きだよ。』

5/31/2024, 3:03:17 PM

「ありがとうございます。」
そう言って微笑む彼女。俺は彼女に心酔していた。

「貴方に神のご加護があられん事を。」
女神のような笑顔を見せる彼女。その瞬間、俺は自分の命の使い道を知った。彼女に、この身を捧げるために生きてきたのだ。俺は頭を下げ答えた。
「この命、貴方様に捧げると誓います。聖母様。」
ここは町外れにある教会。そして彼女は、聖母マリアの使いと噂される聖母だ。俺はここに噂の聖母を見に来た者だ。
「どうか面をお上げください。」
顔を上げると彼女の微笑みがある。彼女のためになら、喜んで命を差し出そう。そう誓った。そのはずなのに。

あれから何年もの月日が経った。彼女への忠誠は消えず、今でも俺の心は彼女のものだ。二人きりの教会で、彼女が微笑みながら告げた。
「お願いがあります。聞いてもらえますか?」
「もちろんです。何でも申し付けください。」
彼女からのお願い。聞いただけで心が躍った。頼られている、その言葉が頭に響く。しかし、次の言葉を聞いて俺の心が崩れた。
「私を殺してください。私を人間に戻してください。」
頭が真っ白になった。絞り出した声は、弱々しかった。
「出来ません。それに何故そんな事を?」
「うんざりなのです。誰もが私を、神のように扱って。私という一人の人間を見ようとしない。」
彼女の顔には微笑みなど無かった。彼女の怒っている表情を初めて見た。彼女を救えるのは俺しか居ないのか。ならば、これが俺の生まれた意味だ。
「貴方様のためならば、その願い謹んでお受けします。」

「お願いを聞いていただき、ありがとうごさいます。自分から言ってはあれですが、やはり死ぬのは怖いですね。」
「ご安心を。貴方様は一人ではありません。」
そう言って、俺は彼女の体にナイフを刺した。白い肌に赤い血が伝っていく。彼女の表情は無垢な赤子のようだった。「貴方様に神のご加護を。」
そして、俺は自分の腹を刺した。

5/30/2024, 3:01:03 PM

「ありがとう。」
彼女が言った言葉だ。僕は滲み出る後悔を噛み締めた。

「死ぬまでにしたい事〜。」
突然の彼女の言葉。僕はその言葉を聞いて、察した。僕は歪む視界を堪えながら、笑顔を作った。
「何がしたいの?」
「駆け落ちしよ?」
突拍子もない事を言う彼女。僕の顔が綻ぶ。
「どこに逃げよっか。」
僕の言葉を聞いて、彼女が満面の笑みになった。僕達はすぐに、財布とスマホを持って部屋を出た。

「結構遠くまで来たね〜。」
電車片道8時間。それまで黙っていた彼女が口を開く。
「気付いてるんでしょ?病気の事。」
今度は僕が黙ってしまった。気付きたくなかった。彼女の死が近づいている事に。二人の間には重い空気が流れた。
「僕に出来る事があれば、何でも言ってよ。何でもするからさ。だから、死なないで。」
自分でも驚くほどに、弱々しい声だった。彼女は、困った笑顔を見せた。何かを言おうとした次の瞬間、彼女が地面に倒れた。僕は、慌てて彼女の元へ駆け寄った。彼女は、真っ青な顔で笑った。
「大丈夫だよ。もう思い残す事もないし。我儘たくさん聞いてくれて、ありがとうね。」
それが、彼女が話した最後の言葉だった。

彼女の死から数年。僕はまだ、立ち直れていない。あの時僕が彼女を連れ出さなければ。すぐに救急車を呼べたら。後悔が募っていく。それでも、日は昇り世界は回る。どんなに辛くても、死ぬ事はできない。それが僕の罰だから。僕は今日も、人生という名の終われない旅する。

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