海月 時

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「ありがとうございます。」
そう言って微笑む彼女。俺は彼女に心酔していた。

「貴方に神のご加護があられん事を。」
女神のような笑顔を見せる彼女。その瞬間、俺は自分の命の使い道を知った。彼女に、この身を捧げるために生きてきたのだ。俺は頭を下げ答えた。
「この命、貴方様に捧げると誓います。聖母様。」
ここは町外れにある教会。そして彼女は、聖母マリアの使いと噂される聖母だ。俺はここに噂の聖母を見に来た者だ。
「どうか面をお上げください。」
顔を上げると彼女の微笑みがある。彼女のためになら、喜んで命を差し出そう。そう誓った。そのはずなのに。

あれから何年もの月日が経った。彼女への忠誠は消えず、今でも俺の心は彼女のものだ。二人きりの教会で、彼女が微笑みながら告げた。
「お願いがあります。聞いてもらえますか?」
「もちろんです。何でも申し付けください。」
彼女からのお願い。聞いただけで心が躍った。頼られている、その言葉が頭に響く。しかし、次の言葉を聞いて俺の心が崩れた。
「私を殺してください。私を人間に戻してください。」
頭が真っ白になった。絞り出した声は、弱々しかった。
「出来ません。それに何故そんな事を?」
「うんざりなのです。誰もが私を、神のように扱って。私という一人の人間を見ようとしない。」
彼女の顔には微笑みなど無かった。彼女の怒っている表情を初めて見た。彼女を救えるのは俺しか居ないのか。ならば、これが俺の生まれた意味だ。
「貴方様のためならば、その願い謹んでお受けします。」

「お願いを聞いていただき、ありがとうごさいます。自分から言ってはあれですが、やはり死ぬのは怖いですね。」
「ご安心を。貴方様は一人ではありません。」
そう言って、俺は彼女の体にナイフを刺した。白い肌に赤い血が伝っていく。彼女の表情は無垢な赤子のようだった。「貴方様に神のご加護を。」
そして、俺は自分の腹を刺した。

5/31/2024, 3:03:17 PM