海月 時

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6/1/2024, 1:13:34 PM

『ごめんね。』
きっとこの言葉は、彼女には届かない。

「ごめん。私のせいで。ねぇ、何か言ってよ。」
僕の体を揺する彼女。僕は何も言えない。言えても聞こえない。なぜなら、僕はもう死んでいるから。

あれは僕が生きていた時だった。彼女とのデートの日。僕は張り切りすぎて、集合時間の一時間も早く来てしまった。彼女を気長に待ちながらいた。そして、約束の十分前に彼女は現れた。信号を駆けてくる彼女。僕も近くに行こうとした時だ。赤信号にも関わらず、車が突進してきたのだ。このままでは彼女に打つかる。そう思った瞬間、体が勝手に動いたのだ。彼女を死なせたくない。その思いで、僕は彼女を庇った。そして、体に衝撃が走った。気が付いた時には、僕は死んでいた。

雨音が響く。梅雨の時期か。僕が呑気に思っている時、目の前では彼女が自殺しようとしていた。何度も辞めるよう叫んだが、彼女には聞こえない。ならば、彼女の好きにさせようと思った。
『好きだよ。』
僕がそう言った時、彼女がこちらに振り向いた。そして、何か呟いた。しかし、雨音のせいで聞こえない。それでも確かに届いたのだ。彼女への愛は死さえも消せない。彼女は満足そうな顔で、飛び降りた。

『何考えてるの?』
僕が思い出に浸っていると、彼女が不思議そうに聞いてきた。僕は何でもないよと、微笑みながら答えた。そういえばと思い、僕は彼女に聞いた。
『そういえば、あの時なんて言ったの?』
『あぁ。梅雨送りは一緒にしようねって言った。』
そうだったのか。彼女への愛おしさが溢れてくる。僕は雨音に負けぬ声で言った。
『世界で一番愛してる。』
『私は宇宙一好きだよ。』

5/31/2024, 3:03:17 PM

「ありがとうございます。」
そう言って微笑む彼女。俺は彼女に心酔していた。

「貴方に神のご加護があられん事を。」
女神のような笑顔を見せる彼女。その瞬間、俺は自分の命の使い道を知った。彼女に、この身を捧げるために生きてきたのだ。俺は頭を下げ答えた。
「この命、貴方様に捧げると誓います。聖母様。」
ここは町外れにある教会。そして彼女は、聖母マリアの使いと噂される聖母だ。俺はここに噂の聖母を見に来た者だ。
「どうか面をお上げください。」
顔を上げると彼女の微笑みがある。彼女のためになら、喜んで命を差し出そう。そう誓った。そのはずなのに。

あれから何年もの月日が経った。彼女への忠誠は消えず、今でも俺の心は彼女のものだ。二人きりの教会で、彼女が微笑みながら告げた。
「お願いがあります。聞いてもらえますか?」
「もちろんです。何でも申し付けください。」
彼女からのお願い。聞いただけで心が躍った。頼られている、その言葉が頭に響く。しかし、次の言葉を聞いて俺の心が崩れた。
「私を殺してください。私を人間に戻してください。」
頭が真っ白になった。絞り出した声は、弱々しかった。
「出来ません。それに何故そんな事を?」
「うんざりなのです。誰もが私を、神のように扱って。私という一人の人間を見ようとしない。」
彼女の顔には微笑みなど無かった。彼女の怒っている表情を初めて見た。彼女を救えるのは俺しか居ないのか。ならば、これが俺の生まれた意味だ。
「貴方様のためならば、その願い謹んでお受けします。」

「お願いを聞いていただき、ありがとうごさいます。自分から言ってはあれですが、やはり死ぬのは怖いですね。」
「ご安心を。貴方様は一人ではありません。」
そう言って、俺は彼女の体にナイフを刺した。白い肌に赤い血が伝っていく。彼女の表情は無垢な赤子のようだった。「貴方様に神のご加護を。」
そして、俺は自分の腹を刺した。

5/30/2024, 3:01:03 PM

「ありがとう。」
彼女が言った言葉だ。僕は滲み出る後悔を噛み締めた。

「死ぬまでにしたい事〜。」
突然の彼女の言葉。僕はその言葉を聞いて、察した。僕は歪む視界を堪えながら、笑顔を作った。
「何がしたいの?」
「駆け落ちしよ?」
突拍子もない事を言う彼女。僕の顔が綻ぶ。
「どこに逃げよっか。」
僕の言葉を聞いて、彼女が満面の笑みになった。僕達はすぐに、財布とスマホを持って部屋を出た。

「結構遠くまで来たね〜。」
電車片道8時間。それまで黙っていた彼女が口を開く。
「気付いてるんでしょ?病気の事。」
今度は僕が黙ってしまった。気付きたくなかった。彼女の死が近づいている事に。二人の間には重い空気が流れた。
「僕に出来る事があれば、何でも言ってよ。何でもするからさ。だから、死なないで。」
自分でも驚くほどに、弱々しい声だった。彼女は、困った笑顔を見せた。何かを言おうとした次の瞬間、彼女が地面に倒れた。僕は、慌てて彼女の元へ駆け寄った。彼女は、真っ青な顔で笑った。
「大丈夫だよ。もう思い残す事もないし。我儘たくさん聞いてくれて、ありがとうね。」
それが、彼女が話した最後の言葉だった。

彼女の死から数年。僕はまだ、立ち直れていない。あの時僕が彼女を連れ出さなければ。すぐに救急車を呼べたら。後悔が募っていく。それでも、日は昇り世界は回る。どんなに辛くても、死ぬ事はできない。それが僕の罰だから。僕は今日も、人生という名の終われない旅する。

5/29/2024, 2:45:00 PM

「ずっと親友だよ!」
この言葉を思い出しては、私は彼女に謝り続ける。

「助けて。」
彼女が言う。彼女は、泣き崩れていた。私のクラスでは、虐めが起こっている。ターゲットは彼女。きっかけなんて単純だ。彼女が学年一のイケメンに、告白され振っただけ。それだけの事でも、虐める動機には十分だ。彼女は、その日から虐めに遭っていた。助けを求める彼女。しかし、私が彼女の手を引くことは無かった。自分が虐められるのが嫌だった。自己保身のために、彼女を捨てたのだ。最低。その言葉が日々、脳裏を支配する。募る言葉が後悔に変わったのは、彼女が自殺をした時だった。

彼女の死を知り、私は立つ事ができなかった。泣き続けた。謝り続けた。そして私は自然と、マンションの屋上に上った。フェンスを乗り越えた時、彼女の笑い声が聞こえた。私が振り向くと、白い翼が生えた彼女が居た。
『何で助けてくれなかったの?』
「怖かったの。でも、こんなの言い訳だよね。ごめん。」
私の言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに見えた。
『許してあげる。そして、呪ってあげる。来世では、裏切れないように。』
彼女の言葉には、私は泣いた。こんな私と来世でも、一緒に居てくれるなんて。
「ありがとう。来世でも親友だね。」
笑顔で言う私を見て、彼女の顔が引きつった気がした。

飛び降りる瞬間。彼女が無表情で言った。
『ごめんね。私の虐め、自作自演なんだ。』
「えっ!何で!?」
『二人きりの世界に逝きたかったからだよ?許してね。』
彼女は、お茶目に答えた。後戻りしようとしても、時すでに遅し。私は、彼女に手を引かれた。そして落ちて逝く。

5/28/2024, 2:47:35 PM

「いいな〜。」
私は、制服の夏服姿の学生を見て呟いた。今年の夏も、嫌気が差すほど暑かった。

「何で一年中長袖なの?皆、半袖なのに。」
関わりのないクラスメイトが、私に聞いてくる。慣れた質問だ。私は、戸惑う素振りを見せず、笑顔で答えた。
「長袖って、何か良くない?」
こう答えれば、相手は興味をなくす。そして私は、変わり者のレッテルを貼られる。本音を言えば、長袖が好きな訳では無い。暑いのは大の苦手だ。それでも、着ないといけない。私の腕には、自ら付けた傷が無数にあるのだから。

家に帰り、部屋着に着替えようとクローゼットを開ける。そこには、半袖のワンピースが掛けられていた。お小遣いを貯めて買ったものだ。でも、今の自分はこれを身に着ける事はないだろう。私はそっと、クローゼットを閉めた。着替えが終わると、一階から母の呼ぶ声がした。私は、重い足取りで、階段を降りた。
「やっと降りてきた。ご飯出来たよ。」
母が笑顔で言う。私は小さく頷き、席についた。
「そういえば、学校はどう?勉強できてる?」
私は母の言葉を聞き、またかと嫌気が差した。
「今の内に頑張らないと、大人になって後悔するよ。私が貴方と同じ頃は、もっと勉強熱心だったのに。」
何度も聞かされた言葉。母は私の頑張りを認めた事はなかった。いつでも、子供思いの母親を演じていた。
「分かってる。」
私は、小さく答えた。これが精一杯の反抗だった。

部屋に戻り、勉強を始めても集中できない。私は机の引き出しから、カッターを出した。そして、自分の腕に傷を付けた。習慣と化したこの行為。今までは、こうすれば気持ちが収まった。でも、最近は気持ちが溢れそうだった。

私は今、屋上に立っている。死にたい。この感情が頭を支配する。もう終わってもいいよね?私、頑張っれたよね?聞いても、答えは返ってこない。私は、フェンスを乗り越えた。ワンピースの裾が風に乗って揺れる。短い袖からは、今まで隠してきた傷があらわになる。
「世界って、こんなに綺麗だったんだね。」
私は傷を撫で、前へ歩いた。風が全身に伝わった。

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