「大嫌いだ。」
俺が言う。しかし、アイツは笑っていた。
「お前なんか消えてしまえ。」
両親が俺に言う。今思えば、昔から両親に愛された事はなかった。俺の弟は、生まれつき病弱だった。学校にもあまり行けていなかった。それなのに、あいつは天才だった。大人でも手こずるような問題も余裕で解けてしまう。俺とは正反対の弟。当然ながら、両親は弟を愛し、出来損ないの俺を忌み嫌っていた。俺がどれだけ努力しても両親は俺を見ることはなかった。
「何で産まれてきたんだ?」
父からの言葉だ。その言葉を聞いた時、俺の中の何かが千切れる音がした。
気付いた時には、俺の周りは赤い水溜まりが広がっていた。俺は両親を殺したのだ。人を殺したのに、俺の頭は落ち着いていた。重りが消えたように、心が軽かった。
「お前らが勝手に産んだガキに殺されて、ざまぁねーな!地獄に堕ちやがれ!」
何を言っても返事は来ない。なんて良い日なんだ。だが、俺にはやり残した事がある。俺は弟の部屋に向かった。
部屋に入ると、弟は俺の異変に気付き、顔をしかめた。
「父さん達は?」
「殺したよ。お前も後を追わせてやる。」
弟は、そっかと呟き、悲しそうに俺に聞いた。
「僕の事、嫌いだったの?」
「大嫌いに決まってるだろ。」
「僕は兄ちゃんの事、大好きだよ。だから、兄ちゃんに殺されるなら、いいよ。」
いざ殺そうとすると、手が震える。それでも、俺は自分のために弟を殺した。
何日、何ヶ月過ぎても俺は捕まらない。弟を殺した時は、後悔した。今でも思う。俺が変な意地を張らなければ、生きている内に仲良くなれたのかな?でも、もういいんだ。
『兄ちゃん!』
弟が呼ぶ。生前では考えられない程、活発な弟。俺はそれが、どんなことよりも嬉しかった。結局は、弟が大好きなようだ。俺達は、死んでも兄弟なんだ。
「タンポポっていいよね。」
突然そんな事を言う彼女。俺はどうしてと聞いた。
「目立たなくても、力強く生きている所。」
この理由を聞いた時、俺の胸は張り裂けそうだった。
彼女との出逢いは、病院での事だった。俺は定期検診のために、よくここに訪れていた。待ち時間が長く退屈だったので、中庭に行くことにした。そこには彼女が居た。彼女は病衣に身を包んで茂みに腰を下ろし、タンポポを眺めていた。その表情は優しさに包まれていた。気付いた時には話しかけていた。彼女は見ず知らずの俺に優しくしてくれ、俺達はすぐに仲良くなれた。そして、彼女の病気について知った。
「もう長くないんだ。だから、花を植えようと思って。」
彼女の思いに涙が出そうだ。そして俺は気付いた。俺は彼女に恋をしている。彼女にとっては迷惑な話だろう。だからこの思いは胸に閉まっておこう。その代わりに俺は、突拍子もない事を口にしていた。
「それなら、俺は君の花を守りたい。」
その言葉を聞いて彼女は、笑顔で涙を流していた。
彼女の死から数ヶ月が経過した。彼女と植えた花、タンポポは彼女の墓の前で生い茂っていた。彼女もこんな風に生きれたらいいのに、なんて何度も考えた事だ。きっと俺はまだ、彼女の事が好きだ。しかし、どれだけ思いが強かろうと状況は変わらない。世界の残酷さに嘆き続けた。それでも、タンポポは綿毛に成長し、風に乗って飛んでいく。知らない場所で力強く生きていく。
「眩しいな。」
そう呟いた時、俺は泣き崩れた。
俺は今日、綿毛のように風に身を任せて、彼女の下に飛んで逝った。
「ごめんね。」
泣きながら言う彼女。俺はただ、笑っていた。
「好きです。付き合ってください。」
俺は、幼馴染であり初恋の相手でもある彼女に告白した。彼女は俺の告白を受け入れてくれた。聞くに彼女も長年片思いを拗らせていたらしい。俺達は、知らない間に両片思いだったんだ。今日から彼氏彼女という嬉しさでどうにかなってしまいそうだ。これから素晴らしい日々が待っている、そう期待していたのに。
彼女が交通事故に遭い、亡くなった。俺の世界が壊れる音が響いた。何度も泣いて、何度も自殺しようと思った。その度に彼女は俺の目の前に現れた。
『生きて。私の分まで。』
それだけ言って消える彼女。君の言葉を聞くと生きたくなってしまう。本当に魔法みたいだ。
俺は今日も、彼女に逢うために自殺をしようとする。馬鹿げた行動だ。それでも、彼女に逢いたい。その一心で生きてきた。今日も彼女が止めに来る。その言葉を遮り、俺は彼女に言う。
「君が好きだ。この先だって、君以外を好きになんてなれない。だから、君に逢いに逝きたいんだ。」
彼女は泣いて、謝っている。少し言い過ぎたかな。でも、これが本心だ。俺は、笑っていた。彼女の真面目さは変わらない。
『私だって君と生きたかったよ。』
小さな声で言う彼女。同じ気持ちに頬に熱が上がる。
「ありがとう。それを聞けただけで満足だよ。暫くは生きてみるよ。…またね。」
彼女は笑った。しかし、彼女の目には大粒の涙がある。きっと、俺も同じ顔をしている。
あれから何年経っても、彼女への思いは健在だ。今日も俺は、彼女と行った場所を巡っている。そうやって俺は彼女との失われた時間を紡いで生きていく。
「私の事、ずっと守ってくれる?」
彼女が夢の中で言う。またこの夢か。僕の目は潤んでいた。そして小さく、ごめんと呟いだ。
「大人になったら結婚しようね。」
子供の頃にした彼女との約束。彼女とは、保育園の時に出逢った。年長の男子に虐められているのを、助けたのが始まりだった。それからは、毎日喋っては遊んでいた。今思えば、あの時から僕は彼女の事が好きだったのだろう。突然の彼女からの告白も受け入れた。これからもずっと一緒だと喜んで浮かれていたのに。
彼女は今、仮死状態だ。階段から転んだ際、打ち所が悪く目を覚ます可能性は極めて低いと、医者が言っていた。彼女が転んだ時、僕はすぐ近くに居たのに、助けれなかった。約束したのに、守れなかった。僕は何度も彼女に謝った。それでも、彼女からの返答はなかった。その事がより、僕に現実を見せてきた。
あれから数年。僕は高校生になった。今日も僕は、君の病室のベットの前に居る。君は子供のままだ。
「僕だけ大人になっちゃったね。」
答えはない。とうとう僕は、溜まっているものが溢れた。
「目、覚ましてよ。君が居ない世界は冷たいよ。もう生きたくないよ。」
涙が溢れる。その時、ほんの少しの温もりを感じた。顔を上げると、幽霊のように透けている彼女が居た。
『泣かないでよ。私は居るよ。ずっと君の傍に。だから、笑って?私の大好きな笑顔で。』
僕は下手くそな笑顔を見せた。安心したように笑い、彼女は消えた。
あれから何年が経っても、彼女への思いは消えない。僕の心はずっと子供のままでいる。それでもいい。彼女はこんな僕を認めてくれるはずだ。今日も僕は、彼女の墓にキキョウの花を贈る。
『またな。』
貴方が言う。何度目だろう。貴方とは会ってはいけないのに、僕は次を期待してしまう。
「自分らしく生きろよ。」
あれは確か、僕が警察官だった頃。殺人鬼の僕に先輩が言ってくれた言葉だ。先輩は僕の、地獄に逝きたいという狂った願いを受け止めてくれた唯一の人だった。そんな人を僕は殺した。自分の夢のために。先輩が何故あんな言葉を僕にくれたかは分からない。そして、僕は答えを知るために、自らに刃を立てた。
今の僕は、地獄に住み着き、悪人に罰を与える悪魔だ。そして、先輩は天使となった。当然の事だ。誰よりも優しい貴方にお似合いだと思った。先輩は時々、地獄にこっそりと遊びに来る。来てはいけないと何度言っても聞く耳を持たない。そして今日も僕は先輩に連れられていた。
『何故こちらに来るんですか?』
『お前に会いに来てるに決まってるだろ。』
また、貴方はそんな事を言う。止めてくれ。期待してしまうから。僕は先輩が好きだ。口調が荒いのは照れ隠しな所も、お節介な所も、誰にでも優しい所も全部好きだ。性別なんて関係ない。それでも、どれだけ思いが強くても僕達は天使と悪魔なんだ。幸せにはなれない。
『先輩は何故、あの言葉を僕に言ってくれたんですか?』
先輩は当然のように言う。
『お前が俺に殺人鬼だって言った時思ったんだ。こいつはいつも自分の心も殺しているんじゃねーかって。だから、可愛い後輩には幸せになって欲しいと思ったんだよ。』
涙が止まらなかった。太陽のように輝いて見えた。そして、先輩への思いが膨らむ。気を抜いたら、告白してしまいそうだ。
『ありがとうございます。』
『おう。じゃあそろそろ戻るわ。またな。』
今日も僕は、天を仰ぐ。上には貴方が居る。この恋が実らなくたって、いい。貴方がいるだけで、それだけでいい。今日も僕は、届かない思いを叫び続ける。