maria

Open App
6/22/2023, 12:31:06 PM

「日常」


「ただいま」と言って
マンションの自室のドアを開けると
「おかえり」の声があちこちからかかる。

すでにエルフとドワーフが
干し肉を肴に酒盛りをし

精霊たちがクスクスと笑い合い
天井から下げた観葉植物で
ブランコをしている。

待ちくたびれた森の動物たちが
身を寄せ合って部屋の隅で
ウトウトと微睡んでいる。

二頭の子どものドラゴンがソファーの背で
取っ組み合いのじゃれ合いをし
12階の窓の外からは母ドラゴンが
行き過ぎぬよう見守っている。

私はソファーのクッションの上で
身体を丸めたピンクと紫の
しましま模様のチェシャ猫の耳を撫で
ゴロゴロという振動を楽しみながら
ソファーにドスンと腰掛け
今日のお題をみる。


「日常………」

私の呟きに ドワーフが
「日常って、おまえさん」

肩を震わせ笑いをこらえている。

エルフが驚いたように盃をおき
「まさか、書くつもり?」と。


「そりゃ、書かなきゃねえ」

と呟いて
私はいつもより素早く指を滑らせ
投稿ボタンを押した。


「日常」

誰もいない部屋に
「ただいま」と言って帰る。
部屋の明かりをつけて、カーテンを閉める。
今夜もひとり 静かな月夜
それが私の日常





私はスマホを暗転させると
ドワーフ達の酒盛りに加わった。

「どうだった?今日の外界は」
葡萄酒を注ぎながらエルフが訊ねる。
私は軽く盃を合わせ飲み干しながら
「ふつー。
なんとか上手くやってるよ」
と答えニヤリと笑う。
「よく化けてるよ、おまえさん」
ドワーフが片目をつぶってみせる。

空に浮かんだ三日月が
参加したそうにこちらをみている。

今夜の宴会も夜通し続くだろう。
話は尽きず、そのうち誰かが踊りだす。
笑い転げて みんなで分かち合う
かけがえのない仲間たち。





さて本当の日常はどちらでしょう。



            「日常」



6/21/2023, 11:16:13 PM

「好きな色」

色は一面が一色であると
なにか落ち着かない。

白一色のなかに他の色を探す
黒一色のなかに光を求める。
「快晴」を表す「雲ひとつない蒼」ですら
自分の身の置所を探して
自分が掴める雲や空にある鳶を探す。

好きな色とは、
色と色とが
頬を寄せ合う、
見つめ合うように
あるいは母が子を抱きしめるように
色が色を包む 
そんな様。


    つまるところ 私は淋しい



         「好きな色」

6/20/2023, 3:00:25 PM

「あなたがいたから」

父よ 母よ
あなたがいなかったら 
私はここにいなかった

祖父よ祖母よ
あなたがいなかったら
父と母はこの世にいなかった

曽祖父よ 曽祖母よ
あなたがいなかったら
祖父も 祖母もこの世にいなかった

まだ遡れば もっともっと多くの
一人だって欠けたら
私がこの世に存在できなかった
大事な大事なひとびとよ


私が振り返ると これほどの多くの命が
私へとバトンを繋いでくれている

「あなたがいたから」
その『あなた』のことを思う時
それは『あなたがた』であり
私の中に生きづいて受け継がれていく
『わたし』であり『いのち』である。

あなた方がいてくれたから
私がここに生きているというよろこび

「あなたがいたから」

    すなわち

      「わたしがいる」


わたしがいることは

    すなわち

       あなたがいたことの証




お題「あなたがいたから」

6/19/2023, 12:13:13 PM

「相合傘」



「ごめんね。帰るの遅くなるよね、
 森下くん。」

「いいって。陽が長くなったから楽勝。
 それに田中 これじゃ帰れないだろ。」

いつものように帰宅しようと
自転車置き場から少し動かしただけなのに
チェーンが外れてしまって
僕は困り果てていた。
森下くんのバスの時間が迫っている。
バス停までは僕は自転車を押しながら
二人で歩くのが日課だけど、
今日はさすがに迷惑をかけたくない。
一人で帰って貰いたかったけれど
情けないことに
僕の力ではチェーンをもとに戻すことが
できそうになかった。


森下くんは膝をついて、一心不乱に
僕の自転車に苦戦している。
夕方とはいえ夏の太陽はまだジリジリと
森下くんのうなじに照りつけ
顎を汗が伝う。

僕にできることといえば
森下くんがせめて影になるように
立ち位置を変えて
カバンを掲げて
日陰をつくることくらい。



「お、サンキュ。少し涼しいわ」

「……こちらこそ ありがとう」

それ以上無言のぼくら二人の影は



        まるで相合傘のよう


      なぜか眩しい夏の夕暮れ



          「相合傘」

6/18/2023, 3:30:07 PM

「落下」

落下できるということは

まだドン底ではない。

そこから飛び降りるか

それとも そこからよじ登るか

選択権はあなたに委ねられている。

しかしながら

飛び降りたとしたら

新たな登り口を探して

ゼロから昇り始めねばならず

更によじ登った先で どうにもならず

飛び降りることを選択したならば

途中で飛び降りることを選択するより

その代償は大きくなるだろう。


さて、昇るか。

ここから降りる時は自分の意志で。

落下せぬよう 心して



              「落下」

Next