maria

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4/13/2023, 10:49:11 PM

快晴

「サトルおはよう。今朝はいい天気よ。」

「いってきます」

母から見えないように
制服の背中の汚れをカバンで隠しながら
玄関をでた。
 
立川さんちと山口さんちのおばちゃんたちが角で立ち話をしている。

「サトルちゃん。おはよう。今から学校?いい天気で気持ちのいい朝ね。」

「おはようございます」

まだ小さい頃から僕のことを知っているおばちゃんたちだ。
一瞬だけ目を合わせて視線を落としながら
そそくさと横を通り過ぎる。
ズボンについたスニーカーの足型を腕で隠しながら。


晴れた日が「いい天気」だなんて
誰が言い出したんだろう。

こんな日は奴等が一層陽気になって
教室の床にうずくまってすすり泣く
僕の声をBGMに
僕の上で高笑いしながら激しく踊る。


校門のところに奴等がニヤニヤしながら
僕を待っているのがみえた。



だから僕はこんな快晴の日が嫌いだ

4/12/2023, 3:03:26 PM

遠くの空へ


コロがシッポを振りながら小走りに私のリードを引っ張ろうとする。
4月になっても夜はまだ肌寒い。
待って、待ってとたしなめながら
街灯の灯る公園まで来ると、夜桜が照らされていた。
冷たい石のベンチに腰掛け、ぼんやりと桜を眺める。

2年生まで同じクラスだったあの人が、
3年になったとき突然進路変更をした。
就職希望者のクラスに。
教室の階さえ違うそのクラスには
私はとうとう近寄ることさえできなかった。

どうして進学コースを離れたの?
どうして何も教えてくれなかったの?

3月になってお互い卒業したあとで
彼はイギリスに留学したと風のうわさで聞いた。

夜空を見上げると飛行機の灯りが点滅しながら西の空へとゆっくりと向かう。


あの点滅する灯りが流れ星であったなら
私は力の限り何度でも願う。

もう一度会えますように
もう一度会えますように
もういちど!!

コロが座り込んだ私の膝へ前足を乗せて
早く散歩しようよと、鼻を鳴らす。

誰も見ていないこんな夜だからこそ
できることもある。

私は立ち上がり両手を夜空へと伸ばした。

あぁあなたの息づくその街は、今は朝?
そのあなたの住む街へ
遥か遠くの空へ
この想いが届きますように。

4/11/2023, 2:11:22 PM

痛くて 辛くて
逃げたくて 夢であってほしくて 
後悔して 誰かを恨んで  

恐ろしくて すがりたくて
泣きたくて 隠れたくて 

放っておいてほしくて
そばにいてほしくて

痛みの感覚がだんだん狭くなって
逃げられないと悟って

覚悟を決めて

それでも怖くて 怖くて
夜中だというのに煌々と照らされる室内に
マスクの助産師たちに囲まれて

「大丈夫ですよ!あと少しの辛抱よ!!」
「はいっ!いま!!ちからいれてっ!」



「‥‥おぎゃあ!おぎゃあ!!」

この部屋に存在しなかった命という存在が

たったいま この世にうまれおちた



この世で初めて会う君は
もうずっと前から私とともにいて
この私の臆病なとことか
弱いとことか、情けないとことか
全部知った上で 私に抱かれている。


あぁ まだことばを持たぬ我が子よ

あなたの母親だというのに 

ただ涙があふれて 

この母も なにも言葉にできない

4/10/2023, 12:34:50 PM

このところの雨のせいで
最近は肌寒い日が続いたのだけれど
今日は久しぶりの晴れの日ね。

今日にして本当に良かったわ。

右の肩にバッグをかけているものだから、
慣れない左手で半分ほど水をいれた手桶と柄杓を持つ。

もう少しお水を汲んでおいたほうがいいかしらね?
でも私一人では重いんですもの。これで我慢してね。

冷たい石に黒々と記されたあなたの名前の通りに指でなぞる。

ゆっくりと時間をかけて掃除をし、
水を手向け
梅の香りの線香に火を点ける。
煙がまっすぐに空のあなたへと私のおもいを運んでゆく。

遠くで鶯がなく声がする。
梅の香りの風が涙の乾いた私の頬に触れ、髪を撫で去ってゆく。
あぁ泣いていたんだわ。

春爛漫。
 
あなたにあいたい。

4/8/2023, 5:20:30 PM

「これからも、ずっと」


彼の右腕に彫られたタトゥーに気づいたのは、
いつも着込んでいるスーツの上着を珍しく脱いでいたから。
白い長袖のカッターシャツにうっすらと見える模様に、ドキリとして慌ててうつむいて、スマホに夢中なふりをする。
ズキズキする頭の中で繰り返しつぶやく
(ねえ、それ……誰の名前?)

どんなに平静を装ったとしても、きっと声が裏返ってしまう。きっと声が震えてしまう。彼はきっとその時の気持ちを「一生変わらない」と誓い、その人の名前を身体に刻んだのだ。刻まれている間中、痛みを感じた数だけその人の名を心で唱え続けたのだ。

無防備に腕まくりをして
缶コーヒーを飲み始めた彼に、
ゆっくりとスマホから顔を上げ、いま気づいたというふうに、努めて明るく声をかける。
「あれ?タトゥーあるんだ?」
「うん。初めてみせたっけ?君も入れれば?好きな絵とか、これっていう確かな言葉とかでもいいんじゃない?」
「確かなものねえ。」

僕の答えを聞く前に、じゃあまた、と言って荷物をまとめて出ていく。

僕にとって確かなものは、君への決して明かせない想い。
身体よりももっと深いところで心に刻み込まれていて、ジクジクと膿んでゆく。そのたびに君の名前を唱える。

これからも、ずっと

永遠に続くであろうこの痛みを抱くように。

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