こんばんは。
今夜は、作者の話をしようかと。
私の人生のテーマは、浮遊です。
浮遊する、それは私の中で様々な意味を持つ言葉です。動詞にも、名詞にも、形容詞にもなります。
私の書くお話の中にもたびたびでてきます。
「浮遊しようか」
深夜の青年は、そう呟きました。
「浮遊したいの」
地獄と天国を考える少女は、そう願いました。
では浮遊とは何か。
先ほども言った通り、それは様々な意味を持ちます。
この言葉をテーマにするようになったのは、何年か前のことです。
私は昔から本が好きで、沢山の本を読んできました。物語、そしてそれを紡ぐいくつもの言葉を、私は敬愛しています。だからこそ、言葉で表せないもの、例えば美しいものを見たときの心の揺れだとか、そういうものを、畏怖にも近く、愛しています。
私の中には、いつも柔らかな、不確かな何かがあります。それは時に重い鎖にもなり得ます。
昔の私は、それを酷く嫌がりました。不確かな何かを、確かなものにしたいと思っていました。現実と想像の狭間で、たびたび浮遊し漂い、自分の居場所を探し続けることが、私には辛かったです。
誰にも伝わらない、この浮遊。浮遊すると、気分は酷く浮き沈み、時に体温が低下します。
ですが、生きていれば自分とのつきあい方というのも学んでいくものです。
私は、一般的な普通を目指し、そうできるようになりました。浮遊はせず、ただ地に足をついて生きる毎日。気分の浮き沈みはなくなりました。
ですがそれが、浮遊することよりも、何百倍も苦しかったのです。地に足をつけることが、とても怖かった。何かを忘れていく、その不安です。何を忘れて
いるのかも分からないけれど、確かに何かを忘れていくのです。
私は、そこから熱に浮かされたように、浮遊するようになりました。気分は前より酷く浮き沈み、自分がどこにたっているのか、分からなくなるようになりました。それでも、私にとっては、それが一番の幸せだったのです。
浮遊とは、遠い記憶を旅し、現実を見つめ、夢との狭間で生きていくことです。
それをテーマに、自分の中の不確かな何かを、言葉にしていこうと、そう考えるようになりました。
一種の手段として、ここにいます。
長々と読んでくださり、ありがとうございました。
この中に誰か、私と同じように浮遊をしている人がいらっしゃったら、是非お会いしたいものです。
では、また次の物語で。
「地獄って、下にあるんだよね、きっと。」
ポツリ、と唐突に君が呟いた。だから落ちるって表現なのかな、とつづけざまに言う。
「天国、地獄ってどうやって決めてるのかな。世の中分かりやすい悪ばっかりじゃないでしょう?誰かにとっては悪でも、別の人にとっては正義だったりするじゃない。それとも、あたしたち人間の物差しでははかれないものだったりするのかな。」
「…神様のかんがえてることなんて、分かんない。」
そうだね、と君は少し笑った。でもそういう分からないことを考えるのが好きなの、と寂しそうに。
「あたしね、思うの。本当は地獄も天国も下にあって、悪も正義もごちゃごちゃで、ただ、みんなそのまた生活してるんじゃないかと思うの。死ぬ前にいいことをした人はいいまま過ごせるし、悪いことをした人は一生それを魂に抱えてる。そういう、個人の感じかたの違いを、天国と地獄ってしてるんじゃないかなって。まあこれは、自己解釈だけどね。自分を救済するための。」
「救済?ひょっとして、宮、自分は地獄に落ちるって思ってるの?」
私はぎょっとして聞く。何かしでかしたの?
「あはは、そんな顔しなくても、何にもしてないよ、あたしは。…ただ、何かしらの鎖があって、現世で浮遊ができないとき、死んだら浮遊できるのかなって、少し不安になるの。人間のこの小さな身体に、感情なんてものは重すぎるから、だから落ちてしまうんじゃないかって。」
憂いを帯びた君の横顔は、脆そうだと、そう思った。君はその細い腕に、どんな鎖を繋いでいるの。きっと聞いても分からないのだろう。私と君は、違う人間だから。私は、地に足をつけていたから。
「…私は、地に足をつけていたいから、浮遊したい宮とは違うけど、でも思うよ。人間の身体に感情は重すぎる。でもそれは人間という身体の器に魂が付属した場合の話じゃん。私はね、都合よく、魂に身体が付属するって考えてるの。私たちは今人間という服を着ているだけ。ね、宮、だからさそんな深く考えないでいいよ。」
「なかなかポエマーだね?」
あははは、と宮は声をあげて笑う。確かにね、そうだね、と繰り返し口のなかで呟いて、まったく、霞には叶わないね、と宮は言った。
「ねえ、霞」
「ん?」
「生と死とだけを抱えて、軽やかに走ろう。そうしていつか骨だけになったら、一緒に落ちようか。」
「呪いみたいだね」
「そうかもね」
いいよ、私はそう言う。いいよ、宮の呪いなら。
「一緒に落ちていこう。」
たくさんの想い出。
あなたと過ごした想い出は、
39.7℃。
熱があるのね、きっと。
あたしは想い出に恋してるのね。
35.9℃。
今のあなたとあたしの温度。
意味がないこと。
淡くて、鮮やかで、
赤くて、青い、
留めておきたいけれど、
忘れてしまいたい、
そんな記憶を、
毎日のように、思い出していること。
一筋の光が、僕を照らしている。
白い大理石の床にぴったりと顔をつけ、少女は眠っていた。
ヴェルサイユ期の宮殿を思わせる、豪奢できらびやかな装飾のこの部屋は、僕たち2人にはどうにも広いようだった。その美しさが、寂しかった。
「エリオット」
澄んだ声が、僕の名前をよんだ。声に違わぬ、澄んだ瞳がこちらを向き、豊かな白髪が揺れる。
「起きたのかい、エラ」
「起こしてくれてもよかったのに」
「…よく眠っていたから」
ほぅ、と一度あくびをついて、エラは体をゆっくりと起こした。一筋の光が、指し示したように煌めき、鏡に反射してエラを照らした。
「美しいね」
思わず僕は呟く。彼女の背中には、大きな大きな、白い羽がある。
「君の体には、また花が増えたようだね」
「…ええ。」
エラの体には、色とりどりの花が咲き乱れ、少し白すぎる肌を彩っている。が、それが彼女にとって良いものであるかどうかは、僕には分からなかった。
「天使に、なるのかい、君は。」
「…エリオット、あなたにも分かるでしょう。この光が、天からの声であること。一筋の光が私を照らすとき、私は飛び立たなければならないの。羽が生えたものの、昔からの掟だわ。」
「でも僕は、」
「エリオット」
彼女の声が僕の言葉を遮る。目を伏せ、エラは哀しみをその体にたたえていった。
「私も行きたくなんかないわ。やりたいことがたくさんあったの。…でもこの羽と、花の生えた体で何ができるというの?皆の目は私を刺すナイフのよう。もう、終わりにしたいの。うんざりなのよ。」
「エラ」
彼女が顔を上げる。その瞬間、僕を照らしていた一筋の光は、彼女の頭から爪先までを、一心に照らした。澄んだ瞳が揺れる。豊かな白髪が煌めく。
「…愛していたわ、エリオット。」
「僕もだ、エラ。」
澄んだ瞳は、もう見えない。
彼女の寝そべった床が、少し温かっただけだった。