玉響

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「地獄って、下にあるんだよね、きっと。」
 ポツリ、と唐突に君が呟いた。だから落ちるって表現なのかな、とつづけざまに言う。
「天国、地獄ってどうやって決めてるのかな。世の中分かりやすい悪ばっかりじゃないでしょう?誰かにとっては悪でも、別の人にとっては正義だったりするじゃない。それとも、あたしたち人間の物差しでははかれないものだったりするのかな。」
「…神様のかんがえてることなんて、分かんない。」
 そうだね、と君は少し笑った。でもそういう分からないことを考えるのが好きなの、と寂しそうに。
「あたしね、思うの。本当は地獄も天国も下にあって、悪も正義もごちゃごちゃで、ただ、みんなそのまた生活してるんじゃないかと思うの。死ぬ前にいいことをした人はいいまま過ごせるし、悪いことをした人は一生それを魂に抱えてる。そういう、個人の感じかたの違いを、天国と地獄ってしてるんじゃないかなって。まあこれは、自己解釈だけどね。自分を救済するための。」
「救済?ひょっとして、宮、自分は地獄に落ちるって思ってるの?」
 私はぎょっとして聞く。何かしでかしたの?
「あはは、そんな顔しなくても、何にもしてないよ、あたしは。…ただ、何かしらの鎖があって、現世で浮遊ができないとき、死んだら浮遊できるのかなって、少し不安になるの。人間のこの小さな身体に、感情なんてものは重すぎるから、だから落ちてしまうんじゃないかって。」
 憂いを帯びた君の横顔は、脆そうだと、そう思った。君はその細い腕に、どんな鎖を繋いでいるの。きっと聞いても分からないのだろう。私と君は、違う人間だから。私は、地に足をつけていたから。
「…私は、地に足をつけていたいから、浮遊したい宮とは違うけど、でも思うよ。人間の身体に感情は重すぎる。でもそれは人間という身体の器に魂が付属した場合の話じゃん。私はね、都合よく、魂に身体が付属するって考えてるの。私たちは今人間という服を着ているだけ。ね、宮、だからさそんな深く考えないでいいよ。」
「なかなかポエマーだね?」
 あははは、と宮は声をあげて笑う。確かにね、そうだね、と繰り返し口のなかで呟いて、まったく、霞には叶わないね、と宮は言った。
「ねえ、霞」
「ん?」
「生と死とだけを抱えて、軽やかに走ろう。そうしていつか骨だけになったら、一緒に落ちようか。」
「呪いみたいだね」
「そうかもね」
 いいよ、私はそう言う。いいよ、宮の呪いなら。
「一緒に落ちていこう。」

11/24/2023, 9:47:48 AM