忘れたくても忘れられない。
貴方の事じゃなくてね、
貴方を好きだった時の空の色とか、
貴方と一緒に好きになった音楽とか、
いいねついただけで残しちゃったスクショとか、
そういうのが全部忘れられないの。
貴方を好きだった記憶を、手放せないの。
どうしてあなたは泣いてるの、と少女は問うて、
僕のことをじっと見つめた。
僕は少し考える。
僕はどうして泣いているんだろう。
「理由なんてないよ、」
と僕は答えた。
僕は涙を流している。
悲しくて、
悔しくて、
辛くて、
嬉しくて、
自分のために、
誰かのために、
幸せになるために、
涙を流している。
毎日、美術館の隅っこで、涙を流している。
陽の当たらない絵画の中で、涙を流している。
「君は、僕がどうして泣いていると思う?」
少女に問いかける。
少女は僕をじっと見つめて、こういった。
幸せになるためだわ。
僕は優しく微笑んで、少女は大人になった。
どうかあなた、あたしの皮を裏返して。
表からは見えない、小さな傷たちを見て。
ねえあなた、嫌いにならないでね。
これまでずっと、黙っていたけれど、
眠くて頭が回らないんじゃないのよ。
あなたのことで頭がいっぱいで、
ついうっかり愛を伝えそうになるから、
簡単なことばしか呟けないの。
窓越しに見えたのは、クラスの静かな図書委員の姿だった。黒く長い髪と、縁の細い眼鏡で、静かだけれど、奇妙な美しさがある少女だった。
彼女はちらりと周りを見渡して、スカートのポケットから色つきのリップを取りだした。学校では禁止されている、色つきリップ。つけてる女の子たちは沢山いるけれど、彼女が持っているのはいつも色のつかない、薬用の透明リップだった。
少し震える手で、リップの蓋を外してゆっくりと唇に添わせる。綺麗な形の唇が花開くようにピンクに染まるそのさまから、僕は目を離せなかった。
ぷる、と瑞々しい唇があ、と言うように開いた。
思わず顔を上げると、彼女の切れ長の目と目が合う。
いつもよりピンク色の唇と、恥じらいで赤く染った頬に、僕はどうしようもなく、欲情している。