これはあたしの持論だけどね、と前置きをおいてから、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
「最近思うの。眠る前に聴く曲が、その人の人生に一番優しい曲なんじゃないかって。」
「どういうこと?」
「寝る前って、1日の中で一番寂しいじゃない。寂しいときに聴く曲はきっと、優しい曲な気がするの。」
なるほど、と思う。その人の人生に一番優しい曲、という言い方をする彼女が、僕は好きだった。
「君は、どんな曲を聴くの」
「あたしはね、色々聴くよ。そうだなぁ、最近のお気に入りは[まだ見ぬコーンウォールへの旅]とか、[アンディーブと眠って]とか、あとは[さよならの夏]とかかな。柔らかい曲が好きなの。」
「僕も、柔らかい曲が好きだな。」
頭の中で考えながら、ぼんやりと返事をした。柔らかい曲、というのは、メロディだけの問題ではない。分かる人にしか分からない、どこか不確かな、柔らかい何か。言葉にできない何か。
「眠りにつく前に、言葉に溺れたい。」
彼女はうっとりとそう言う。
僕はそれを眺めながら、言葉に溺れる彼女を考えて、なぜか恍惚とした気分になった。
空気がつん、と澄んでいる秋晴れの朝の、
なんと気持ちのよいことでしょう。
空気がきらきらと煌めいて、
なのにどこか物寂しく肌寒く感じるのは、
私があなたに会うための口実を、
探しているからでしょうか。
高く、高く浮遊する。
地上に足をついてはいけないわ。
だって足をついてしまったら、
全部忘れてしまえるもの。
「子供のように眠って、坊や。」
魔女のひんやりとした手が、僕の額をゆっくりと撫で、熱を密かに吸いとっていきました。僕はもう17歳ですが、魔女の手が撫でている間は、子供の頃に戻ったようでした。
「…これは魔法でしょうか」
うつらうつらとしながら、僕は魔女にそう問いました。魔女は笑って、こう言いました。
「いいえ、これは愛というの、坊や。」
唐突に、前触れもなく流れる涙の理由が分かったなら、あたしたちはもっと幸せになれたかもしれない。
でもそれはきっと寂しくつまらないことだと、そう思うのは、あたしがここを漂っているせいだろうか。