1枚の紙切れさえあれば救えた命もあったのかもしれない。
お金は全てではないと言うけれど、あの日の光景がそう思わせてはくれない。
幼い頃の記憶で思い出すものといったらブラウン管の明かりだけが頼りの薄暗い部屋。両親は常に言い合いをしていた。ある日父親は突然「死んでくる」といって足の悪い妹を連れて車で家を出ていった。母は怒り狂って追いかけた。私は一人部屋に残されただそこにいた。
それからしばらくしてサイレンの音がして玄関のチャイムが鳴った。
大人になってから、あのときの出来事を比べてドラマを見ている時がある。
私は何があったか内心理解していた。そして、母も妹ももう私のもとには戻ってこないのだろうことも理解していた。
父親が運転する車の前に飛び出した母親が轢かれてそのまま玉突き事故を起こしたらしい。父親と妹もそのとき死亡したらしい。
父親の親は私が生まれる前に亡くなっていたし、母親は父親の借金のことで実家から勘当されていた。必然的に私は天涯孤独になった。
今でも母の泣きながら怒る声と、妹の父に抱き上げられ泣き叫ぶ声が頭から離れない。
父親は母から金をせびるために脅しのつもりで妹を連れて行ったのだろう。いくら幼くとも自分の父親がどんな人間か私は知っていた。
あの日お金を渡していれば母も妹もまだそばにいたのだろうか。
生きるためにはお金が必要だ。それもあればあるだけ良い。
養護施設に入れられて社会に出るまでに私は兎に角それを学んだ。
お金がなければまともに衣食住も成り立たない。学校にもいけない。就職だってなかなかできそうにもない。
お金より大事なものなんてない。
結局はそういうことだ。わかってはいるのだ、それでもお金のない自分には生きていく価値すらないのだと言われてしまっているようで度々虚しくなるのだ。
お題【お金より大事なもの】
フィクションと少し実話です。
ゆっくり空から降りてくる雪。伸ばした手に溶けるそれは嘘のようにあたたかい。天候によって齎されたわけではないからだ。
忌々しい。
散々投げられてきた言葉だ。
毒は少しずつ溶け、この身を蝕む。まるで雪のように。
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お題【雪】
書きかけ
光の回廊の中に少女がいた。
まだ父の腰ほどの背丈すらない自身より少しだけ年上なのかもしれない、彼女はこの世のものとは思えない白くきめ細やかな肌とそれ以上に美しく煌めく白い髪をしていた。
父の書斎で見つけた天使の肖像に恋に落ちたのは遠い過去のことだ。
あのときの衝撃がはじめて抱いた感動だったのだと気づいたのは奇しくもその天使に巡り合ったときだった。
そして、私は彼女の正体が天使などではないことを知ってしまった。
白銀に輝く長い髪が暁闇の色を残す暗がりの中で凪いでいる。
私は見惚れて一瞬息を詰めた。
「美しい」
どろりと口から垂れた何かは冷える体に対して熱く、鉄錆のような味が舌の上を広がる。このまま溺れ死んでしまうのではないかと思うほどに溢れるそれは私の中の汚濁が混ざっているに違いない。だってこんなにも今は穏やかな心地なのだ。
お題【光の回廊】
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いつか加筆修正するかも。未完です
傷付けば良いと思った。
自分は正しいのだと鼓舞するように思い切り固い地面を踏みしめる。
淡い色のマフラーから溢れる生温い息は紫煙のような白さを纏っていた。
故郷は、夏は暑く冬はジメジメと雨の多い場所だった。加えて父の生まれ育った土地は少し気温の差はあれど冬ですらコートを羽織った覚えがないほどで、雪はおろか身を刺すほどの寒さもまつ毛が凍るなんて経験もこれまでしたことすらなかった。
穏やかな冬しか知らない者にとって天変地異に等しいこの気候。
無意識に眉間に浮かべていた皺に気がついたのは片割れと呼ぶべき存在にからかい混じりに指摘されたからだった。
悪態をつけばすぐそばで笑う気配がする。
釣られて振り向けば穏やかな微笑に迎えられて言葉を失った。
きっといつものように食えない人間を示すように笑っているのだろうと思っていたのに。
心を寄せた者のことを話すときだけに見せる表情。
ひだまりのようなそれにどくりと脈が早まる。
このとき抱いた感情がなんであるか掴みかける頃には海色の双眸は隠れ、こちらの気も知らないでご機嫌な猫のようにその広い背中を向けていた。
昨夜が嘘のように穏やかな風に紛れて雪がしんしんと降り積もる。
かき消されつつある軌跡を思う一方で足は逸るように眩い雪原の先へ先へと進む。
既にここに来るまでの憤りは失っていた。
ただあるのは決死の覚悟と名前の付くことがなかったこの想いだけ。
わかっている、本当のところ。
誰が正しいか、間違っているなんて話ではないことぐらい。
実は同じだけこの日常を惜しんで欲しかったのだと言ったら笑われるだろうか。
お題「雪原の先へ」
美しい花にはね、棘があるのよ。
彼女が言った言葉を時々僕は思い出す。
彼女が最後どんな想いを抱えていたかは僕にはわからないし、限りなく距離の近い第三者であったとはいえ推察できるものではない。
ただ、彼女が僕に並々ならぬ憎しみを抱いていたことには変わりないだろう。
「美しいからこそ、みな手折りたいと渇望する」
ガラスの向こうで美しく笑う女の言いたいことが今はわかるような気がした。
「でもね、あるのは棘だけじゃないの毒だってあるわ」
「私が幼い頃、母が薔薇の刺に刺されたことがあったの。なんでもない、傷だったわ。だけど、数カ月もしないうちに亡くなった」
「あの庭園で、あの人を見たとき母が帰ってきたのだと一瞬思った。でも、あの人は母とはほど遠い人だった。」
「あの人の隣にいられるあなたがいつも憎かった。でも哀れにも感じた」
「私と同じ、花の毒に酔ったあなたが…」
いつもより低い声で呟いたその顔はとても寂しげで、恨みがましくも綺麗に映ったのを覚えている。
閑静な通路を過ぎ、入り口から出ると暖かい春の陽気が迎える。
腕時計を見るともうお昼だ。
通りに出て、タクシーを捕まえる。
今から向かうそこは秘密の場所。僕とあの人、あの人と彼女だけの、秘密の場所だ。
お題【秘密の場所】
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サスペンスの最後的な。時間がなかったので中途半端。薔薇の棘は少し実話から入ってる。