竹崎セン

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3/30/2026, 10:56:46 AM

まっさらなカーテンが揺れて形のない冷涼が吹き込んだ。
あまりにも眩い日差しを目を眇めることもせず白魚のように白い肌を寝具に溶け込ませ女は瑠璃色の双眸を静かに光らせた。
まるでスクリーンの向こうにいるようだと思うほどに女は不思議な存在感があった。
少女のような名残を滲ませつつ大人のような目をしている。
きっとスポットライトの下で妖艶に笑う彼女の魅力にはどんなに美しい宝石でもくすんでしまうに違いない。
こんな"病室"に押し込められるような人間にはどうしても見えなかった。
女には毎日花を持って見舞いに来る恋人がいるらしかった。
いつも堂々としている母も彼女の恋人が来ると遠慮しているのだろう。そのときばかりはカーテンを締め切りいつにもまして黙りだす。
仕切りからは花を咲かせる男と女の声がして、僅かな隙間からは女の穏やかな微笑みが覗く。


束の間の二人の逢瀬は数十分にも満たない。男は半日身を置くこともあるがそれも頻繁ではない。
男が訪れない病室に押し込められて生活する女が子供にはただ寂しくもあり満足しているようにも思えた。
あるとき、二人切りの病室。顔をしかめる子供に女は困ったように笑って言った。
「愛してるから…」
まるで理解してもらえるとは端から期待していないのだろう口振りに更に子供は口を歪めた。
「あんたは勝手だ。」
数刻まで結露の見えた埋め込み窓のガラスに女によく似た幼い顔が歪んで映り込む。女はふと花瓶に生けられた二輪のひまわりが萎れているのをかわいそうだと呟いたが彼女の両手は固く組み合わされていた。
ふと土砂降りのモノだけではないざわめきに響いた女の独り言は打ち落とされ、その子供だけがそれを汲み取り花瓶の花を一輪彼女に握らせる。
美しい花は枯れることすらできずその身を散らした。


──────

「分かった」
何気ないふりをしていないと気が狂いそうだった。後ろの気配にこちらの反応を伺っているということは分かっていたがわざわざ振り返ってやる気も起きなかった。
それだけ自分は彼の言葉に傷ついた。
その事実がまたショックだった。
これまで誰かと深い関係になりたいと思ったことすらなかった。
というか、誰かに依存することに拒否感が昔からあった。だから誰にも踏み込まれたくなかったし踏み込ませないようにしてきた。

それを飛び越えてきたのはお前のくせに、どうしてそんなことを言うのか。

苛立たしくて仕方がない。
それは自分に対してもだ。

「怒ってるよな」
「どうして?」
努めて冷静に返したつもりの声が思いのほか強く響いてしまって、喉が詰まる。
それでもこういうときだけ年上のような態度でこちらを宥める男にまたもやもやが詰まる。
放っておいてほしい。そう思うのにこういうときほどこの男はそっとしてはくれない。
子供のような癇癪の裏腹では喜んでいる自分がいる。
それがまた辛い。
けどきっとまた自分は彼を許してしまうのだろう。


「ごめんな」
深く息を吸ったとき、そんなことを言われたものだからひどく驚いて怒りも忘れて振り向いた。

男は悲しげに笑っていた。
それはかつて見た叔母の笑みとよく似ていた。



─────
お題【何気ないふり】


3/30/2026, 9:56:02 AM

まず断っておくと、この話の結末はハッピーエンドではないの。
見せていないだけで、そこにあるのは長い長い旅模様。
箱の中で繰り返すリアルは金魚鉢を水面から覗いているみたい。美しくて残酷な、箱庭の幸せ。
私はそこに辿り着きたいだけ。


─────
「世話になった」
真っ黒なシルクハットにハニーブロンドをしまって男はふり向き様に言った。
「いいえ」 黒いレースで腕までを覆った手をひらひらと蝶のように挙げて女は笑った。
「もう逢わないことを祈ってるわ」
影に隠れた新緑に惜しいという気持ちを抑えて女は扉の向こうへ踏み出し光に溶け込む男の背を見送った。
いつからか、時間の概念というものがないこの空間に居るせいか、終わりという始まりから一体どれほど経過したのか、女は忘れてしまった。
もう大事な人間の声も姿も思い出せない。
自身の存在も記憶までもが危うくなっても諦めきれないのはなぜか。
生温くなってしまったコーヒーを口に運ぶとなぜだか舌打ちが出た。
やっぱりあの男に淹れさせれば良かったか。 再び冷めてしまったそれを口に運ぶと一匙の後悔は苦味の中に溶けてしまった。



喧騒が鳴り止まなかった。
空が崩れていくのが見えた。 テレビの画面は世界の終わりを叫んでいた。
「…ぁ……あ…ぁ…っ…」
小さな存在が女の腕の中で震えていた。
ただ抱きしめることしか彼女にはできなかった。
そんなときそばに置いていた電話が震えた。
虫の知らせというべきか。誰がかけてきたのかすぐにわかった。
慌てて受話器を手に取り耳に当てた。空風のような音が聞こえて、しばらくしてそれが呼吸音であることがわかった。
「────?」
ぜー、ぜー…と音が続いてそれが何度か聞こえて電話の向こうで激しくなにかが倒れる音が聞こえ、そして通話はそこで途絶えた。



女が二杯目の紅茶を飲み干す頃には時計の短針は南を指していた。その下で揺れている振り子が1つ2つと往復したその時女はティーポットへと伸ばした手を引っ込めた。 すぐさま椅子から立ち上がりアラベスクが彫刻されたくすんだ飴色の扉の前にあと少しといったところで女が止まると、間髪入れず傾いた扉の横で備え付けられたベルが鳴った。



──────
扉を開けると全身を漆黒に包んだ女が立っていた。
青年が口を開く前に女はゆったりした動作で真っ黒なドレスの両裾を持ち上げ軽々とお辞儀した。
「ようこそ 時の方舟《タイム・アーク》へ」
──────
本当にこれでよかったのかと辿った道の後ろを振り向く時があるでしょ。
ふとしたとき唐突に訪れるとっかかりはその頃の感情を記録という記憶にして掘り起こし、まるで動く写真を見ているようでも合わせ鏡を通して見ているようでもある。

不思議よね。

時として葬り去ってしまいたくなるようなそれらはその時の感情に問わず自らを励ましもするし腑に落ちない納得を胸に落とすこともある。ひとつひとつ薄いガラスのような歪な欠片は触れると粉々になって白い砂になったり万華鏡のようにコロコロと姿を変える。
それはとても美しいと感じることもあるでしょうけど、永遠なんてものはないの。
……一瞬よ。
それはここも同じ。
もしかしたら次瞬く頃には私もあなたも消えてるかもしれない。
私達はそれほどまでにあっけなく不安定な存在なのよ。 例えどんなに焦がれた図柄(パターン)があってどれだけそれを求めようとも二度と同じ情景にはたどり着けはしない。
そんな寂しさがこの世界を構築し、あの世とその世を繋いでいる。
もしよく似たモノを手に入れたとしてもそれはあなたが臨んだものではない。
そのことをよく肝に銘じることね。
それじゃあ──もう遭わないことを祈ってるわ。



─────
少し前に考えていた小説。途中なのでここに投稿。
お題【ハッピーエンド】

3/27/2026, 1:09:30 PM

My Heart

穏やかな日常の裏に、誰かの犠牲がある。 そんな当たり前のようなことに気がついているのは一体どれだけいるのだろう。

この世の間違いに気がついたとき。
私は私であることに自信がなくなった。
自分にしかできないことがあるはずだと勘違いしてしまっていたことに気がついたからだ。
ある意味、そのような考えが私をここまで追い詰めた。私を信じていた者が、その思想によって壊れていく様が私はただただ嫌だったのだ。

未熟だった。

この世の常識が、この世の全てに当てはまるはずがないことぐらい光と影が存在することくらい当たり前のことなのに。


人間生きてるだけ偉いとはいうが、果たして今の私のようなものも当てはまるのだろうか。
何時ぞやの、信念が打ち破かれただ機械のように生きていた頃と比べ今の私がいくらかましかといえば俄然そうとは思えない。
おそらく、私は何かが欠けてしまったのだ。

こんな壊れた状態でどうこの世界を見ればいいというんだ。

もうすべてが壊れてしまいそうだった。そんなとき思い出したのはもう数ヶ月会っていない彼女の存在だった。

もう限界だと訴える私を彼女はあっさり受け入れた。

肩の荷が降りると同時に、私は肺に煙が詰まったような不快感を抱いた。

私を見て微笑む姿はまるで聖母のようで、こんなに私を想っているのが分かる。
それなのにどうして面白くないと思ってしまうのだろう。

今日も私は引きこもる。
寝て、起きて、食べ、また寝る。
その繰り返し。
その生活を何年目か。
何も食べないでいると、心配して家の主がご飯を作りに来る。
あまりに甲斐甲斐しく私の世話を焼くので、何がそんなに楽しいんだと暴れたことがある。
普段なら考えられない罵倒雑言を浴びせたように思う。なのに言われた本人は私がひっくり返した皿を片付けながら笑っていたのだ。
そこまでの元気があるのなら大丈夫だと安らかな瞳で私を見る彼女に私はやっとその本質を理解した。
私も歪んでいるがまた別にこの女も歪んでいる。
その歪さに、私は救われた。
もっと私は彼女を知るべきだった。嫌われることが怖くて私は本当に脆弱な部分を隠すことに必死だった。
彼女の強さは知っていたのに、理解していなかったのだ。

あるときか、二人の養い子に聞かれたのだ。
私たちの関係を。
その瞳が、正解を求めるようにそれぞれこちらを見上げていた。
とりわけ似たものを好む二人は、はじめ私にはとびきり好意的だった。
だからこそ私を自宅に住まわせ何の対価もなく世話を焼く彼女に懐疑的だった。
どうしてあの女の好きにさせているのか二人は喚いていたが次第に母というものに飢えていたのだろう、私と一緒に彼女たちの世話をする彼女に二人は不器用なりに甘えることを覚えた。それまで私の膝の上を取り合いしていたのに、私と彼女にそれぞれ引っ付いていることが増えた。
もし私たちの間に子ができていたのなら、こんな風だろうか。
その姿を見て私は後ろ暗い気分になった。 
私と彼女の関係を説明するには一言では足りない。
盟友であり、恋人であり、親子のような。
切っても切り離せない存在であるのに、私は彼女なしで生きれないのに、彼女は私がいなくても生きていける。
それであるのに私という男しか知らない彼女は私の隣が落ち着くのだと宣う。
憎い女だ。そして、一等愛おしい。
彼女を縛り付ける手段に血と血を分けた子を考えていたことがある。
あるとき、その話を持ちかけたことがあった。
まだお互い学生だった。
このご時世だし、何より私たちが生きる世界では珍しいことではない。
いつでも私を、文句を言うこともあれど肯定する彼女はその時ばかりは首を振った。
始まってもないのに裏切られたような気分でなぜか聞き返せば、諦念を滲ませた笑みを浮かべ彼女は言った。
自分は自分と血の繋がった子を愛せる自信もない。そしてそれができる立場にもないのだと。


けれど実際の話私は自由な彼女が好きだった。
この世界に絶望した私は彼女の姿を通して無情ではない世界の姿を見出していたのだ。
歪めてしまったのは私であるのに、愚かにも変わらない姿を面白くないとも美しいとも相対した想いを抱いてしまうのだ。


─────
お題『My Heart』
ある男の独白。世界観は特に決めてないです。脈略がない…。

3/8/2026, 11:24:26 AM

1枚の紙切れさえあれば救えた命もあったのかもしれない。
お金は全てではないと言うけれど、あの日の光景がそう思わせてはくれない。
幼い頃の記憶で思い出すものといったらブラウン管の明かりだけが頼りの薄暗い部屋。両親は常に言い合いをしていた。ある日父親は突然「死んでくる」といって足の悪い妹を連れて車で家を出ていった。母は怒り狂って追いかけた。私は一人部屋に残されただそこにいた。
それからしばらくしてサイレンの音がして玄関のチャイムが鳴った。

大人になってから、あのときの出来事を比べてドラマを見ている時がある。
私は何があったか内心理解していた。そして、母も妹ももう私のもとには戻ってこないのだろうことも理解していた。

父親が運転する車の前に飛び出した母親が轢かれてそのまま玉突き事故を起こしたらしい。父親と妹もそのとき死亡したらしい。

父親の親は私が生まれる前に亡くなっていたし、母親は父親の借金のことで実家から勘当されていた。必然的に私は天涯孤独になった。

今でも母の泣きながら怒る声と、妹の父に抱き上げられ泣き叫ぶ声が頭から離れない。
父親は母から金をせびるために脅しのつもりで妹を連れて行ったのだろう。いくら幼くとも自分の父親がどんな人間か私は知っていた。
あの日お金を渡していれば母も妹もまだそばにいたのだろうか。

生きるためにはお金が必要だ。それもあればあるだけ良い。

養護施設に入れられて社会に出るまでに私は兎に角それを学んだ。

お金がなければまともに衣食住も成り立たない。学校にもいけない。就職だってなかなかできそうにもない。

お金より大事なものなんてない。
結局はそういうことだ。わかってはいるのだ、それでもお金のない自分には生きていく価値すらないのだと言われてしまっているようで度々虚しくなるのだ。


お題【お金より大事なもの】

フィクションと少し実話です。

1/8/2026, 6:22:19 AM


ゆっくり空から降りてくる雪。伸ばした手に溶けるそれは嘘のようにあたたかい。天候によって齎されたわけではないからだ。
忌々しい。
散々投げられてきた言葉だ。
毒は少しずつ溶け、この身を蝕む。まるで雪のように。

───────
お題【雪】
書きかけ

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