竹崎セン

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傷付けば良いと思った。
自分は正しいのだと鼓舞するように思い切り固い地面を踏みしめる。
淡い色のマフラーから溢れる生温い息は紫煙のような白さを纏っていた。

故郷は、夏は暑く冬はジメジメと雨の多い場所だった。加えて父の生まれ育った土地は少し気温の差はあれど冬ですらコートを羽織った覚えがないほどで、雪はおろか身を刺すほどの寒さもまつ毛が凍るなんて経験もこれまでしたことすらなかった。
穏やかな冬しか知らない者にとって天変地異に等しいこの気候。
無意識に眉間に浮かべていた皺に気がついたのは片割れと呼ぶべき存在にからかい混じりに指摘されたからだった。
悪態をつけばすぐそばで笑う気配がする。
釣られて振り向けば穏やかな微笑に迎えられて言葉を失った。
きっといつものように食えない人間を示すように笑っているのだろうと思っていたのに。
心を寄せた者のことを話すときだけに見せる表情。
ひだまりのようなそれにどくりと脈が早まる。
このとき抱いた感情がなんであるか掴みかける頃には海色の双眸は隠れ、こちらの気も知らないでご機嫌な猫のようにその広い背中を向けていた。


昨夜が嘘のように穏やかな風に紛れて雪がしんしんと降り積もる。
かき消されつつある軌跡を思う一方で足は逸るように眩い雪原の先へ先へと進む。
既にここに来るまでの憤りは失っていた。
ただあるのは決死の覚悟と名前の付くことがなかったこの想いだけ。

わかっている、本当のところ。
誰が正しいか、間違っているなんて話ではないことぐらい。

実は同じだけこの日常を惜しんで欲しかったのだと言ったら笑われるだろうか。


お題「雪原の先へ」

12/8/2025, 7:39:19 PM