「香水、いい匂いだね。買ったの?」
「ああ、いや。うん。買ったよ」
私は知っている。
彼は香水なんて買っていないということ。
彼が動くたびに香る香水は女物だと言うこと。
出張から帰った日は必ずこの匂いがすること。
ああ、この人と早く別れないといけない。
もうすぐ春になる。
3年間過ごした校舎に別れを告げるのは少し寂しいし、この季節になってくると正直クラスメイト全員が良いやつに見えてしまう。
「高校どこにする?」
「秘密〜」
こうやって同級生と笑いあうのもきっと最後。
友達と一緒に勉強したり、図書館に行ったり、
そんな時間が私は大好きだった。
だけどみんなは地元の高校に進むと言っているし、きっと私はこれから忙しくなる。
「でも本当、高校生活とか楽しみすぎ」
私は明日、スーツを買いに行かなくてはならない。
みんながローファーを履いて学校に向かう時、
多分私はパンプスを履いて満員電車に揺られている。
「受験頑張ってね」
「うん、ありがと!」
もし出来るなら、いつも通り笑ってみんなを送り出したい。心からそう願った。
『失った青春』
ふわり、ふわり。
薄紫色の空を泳ぐくじらが発見されたのはちょうど先週のこの時間だった。
そのくじらは星空のように輝いて見えることから、
「うちゅうくじら」と名付けられた。
あいつがもたらした影響は本当に大きい。まず医者で教育熱心な私の両親と数少ない友人を眠らせたこと。奴はくじらにしか出せない音波らしきもので次々と街の人々を眠らせていったのだ。
「綺麗」
見上げると、星を散りばめたみたいにきらきらしたくじらの体が空中でたゆたっている。私は思わず息を飲んだ。
そして私は、潰れたビルの屋上、ほぼ地上に近い位置で叫ぶ。
「次は私よ」
くじらは私のそんな姿を見ると、少し安心したような表情のまま空に消えていった。
12月15日、曇り、金曜日。2人で帰った日。
「もう、消えたいなぁ」
そう言って悲しい顔で笑うあの子は凄く綺麗だった。
泣きそうに潤んだ目を誤魔化そうとしたのか、あの子は
しばらくの間、曇り空をじっと見上げたまま黙っていた。
「雪がもうすぐたくさん降るって。だから、その時になったらあたしがあんたを埋めてあげる」
静かな空気を感じる。
風が強いせいか、私たちの涙はとっくに乾いていた。
私がにこりと笑うと、あの子はいつもの笑顔で笑って立ち上がった。
早朝。静かなクラスの雰囲気が大好きな私は今日も急いでいる。赤や黄色に色づいた落ち葉の上を自転車で漕いで、誰よりも早く学校に着くように努めた。
静かな教室を味わいたい一心で息切れしながらも教室に駆け込むと、先客がこちらを見て微笑んだ。
「おはよ」
「うん、おはよ」
私には、静かな教室よりも好きなものがある。