私はたまに発作を起こしてしまう。前触れもなく、いつ発症するのかも分からない。ただ、決まってそれは鏡で自分の顔を見たときに起こる。
洗面台やお風呂の鏡に映る顔。ガラスや液晶に反射して見える顔。自分の顔を見る機会なんて無数にあるのに本当に困ったものだ。
1日の終わり、歯磨きをしながら何気なく正面の鏡を見ると、口を開けた間抜け面の私が映っていた。
途端、嫌悪感と気持ち悪さが襲ってきた。胃の辺りがムカムカして、吐き気に似た何かに反射的にえずいてしまう。頭の中では「キモい」の言葉が何度も繰り返される。
タイミングが悪いなと、私は歯磨きを早々に終わらせると鏡に自分の顔を近づけ、映る自分の顔をギョロギョロと見回した。
「私はこんな顔じゃない」
知らない誰かが鏡の向こう側で自分の真似をしているような。試しに言葉を発してみるも、当然のように向こうも同じ口の動きをしてくる。
目の前にいるのは自分だと分かっているはずなのに、脳が理解をしてくれないことにますます気分が悪くなる。
だけど、この発作の解消方法はすでに知っている。
急いでリビングに戻るとスマホを手に取り、カメラアプリを起動。インカメで自撮りをしたあとにその写真を加工する。
つまりは自分の顔を思いのまま、イメージの通りに上書きをしてやればいい。
AIでお手軽加工なんてものもあるが、こういうのは細部へのこだわりが大事なのだ。
輪郭から始まり目や鼻と、それぞれにこれでもかと手を加えていく。形を整え終わったら最後にメイクアップをして完成だ。
「そうそう、こんな感じ」
出来上がった写真を見てうなづいていると、いつの間にか発作が落ち着いていることに気づいた。
自分顔写真を加工し始めるといつも気分が“ノって”、嫌なことでもすぐに忘れられる。これだからやめられない。
私は作品の出来に満足してスマホをテーブルの上に置いた。
「あ、コンタクトはずしてないや」
歯磨きの途中で抜け出したことを思い出し、私は再び洗面台へと足を向けた。
ひと気が無くなったリビング。テーブルの上に置かれ、いまにも消えるだろうスマホの画面の中で、怪物が笑っていた。
『鏡の中の自分』
眠りにつく前には空腹にならないようにしておく。
空腹だと睡眠時間が短くなるというし、何より意識がお腹に向いて眠れない。
歯磨きも忘れてはならない。
朝起きたら細菌がこれでもかと増殖した口の中など、想像もしたくない。それに、病気にもなりたくはない。
最後に、寝る直前には目を瞑って深呼吸をする。
リラックスして深呼吸を行うと次第に体が重くなり、かわりに眠気が浮上してくる。
準備が整ったので、部屋の電を消して床に就く。
いよいよか、身を任せて待っていると、ふと気になることが一つ出てきた。
(今日はあと何時間くらい寝ることができるだろうか)
一度気になると、余計に気になり寝付けやしない。
我慢できずにスマホを手に取った。
『眠りにつく前に』
“トク、トク、トク、トク”
誰も気にすることのない音が体の内で鳴り続ける
永遠という果てしないものなのに、握りこぶし程に小さく
全てを覆い隠され、静かに時を刻む
“トク、トク、トク、トク”
生まれたときから止まらずに動き続ける
永遠の終わりを知らせる、その日まで
『永遠に』
西暦無量大数年
人類は唯一の理想郷へと至っていた。
太古から続く中性化の波に抗うことができないと判断した人新世の人類たちは、文明の停滞を恐れた。
その対策として、全ての生産活動ひいては経済をも人工知能と機械に任せるべく新たに機械文明を創造した。
文明の移行には数極年かかったが、今現在、人類は何不自由ない安寧な人生を送っている。
食事や睡眠などは脳が欲を知覚すれば、その信号を受信した機械たちが都度対応を行い。
筋力が低下すれば、薬と外部からの刺激によって適切な身体を保つ。
意識が覚醒し、重い瞼を重力に逆らい僅かに開ける。
無機質な白い空間。ほかに見えるのは自然光を取り入れるための小さな窓。
左側から聞こえてきた音を目で追うと、管を通して何らかの液体が体の中に入ってきた。
途端、気持ちよさとともに体が沈む感覚にとらわれる。
理性も感情も揺らぐことのない、まどろみの世界
今日もまた人類は眠る。
『理想郷』
『もう一つの物語』