私だけ
私だけを
「だきしめて」
「いいわけにして」
「すくいにして」
「きらいにならいで」
私だけと
「けんかして」
「つきあって」
「こいにおちて」
「んーっていいあって」
「しりあって」
「てをつないで」
私だけ、って独占するには、君は素敵すぎるから
君の好きなことばあそびで、プロポーズしてみるんだ。
今はうまくいかなくても
私だけは君を
「あきらめずに」
「いいわけせずに」
「しなずに」
「てをつかみつづけることを」
「るーてぃんにするんだ」
何度でもどんな方法でもつたえるね。
愛してる。
友だちの思い出
僕は辛いものを食べるとある不思議なことを思い出す。
僕にはクールで、頭のきれる友人がいるのだが、
その友人は可愛いところもあり、
先輩とごはんを食べに行く際、辛いものを頼んだそうなのだ。
先輩は辛いものが好きな人だったそうなので、張り合ってしまったのだろう。それか、辛いとはいっても味噌ラーメンだったのでいけると思ったのかもしれない。
とにかくそのラーメンが辛かったのだ。
口から火を吹くくらい、胃が煮えたつくらい。
その場では頑張って食べたそうだ。
真摯に向き合う彼だからこその行動だったのだろう。
それなのにその行動が彼の体調に悪影響を与えてしまった。
お腹が痛くなったのだ。
お昼に食べたラーメンだったが、その痛みは夜まで続いた。夜ご飯もまともに食べれないほどだった。
というのもあって彼は早く寝た。
寝るしかなかった。
僕はその時話を聞いて、
「水を飲んで回復体位でねたら?」
と伝えたのだ。
彼から次の日聞いたことであるが、
その時の夢でそのラーメン屋さんがでてきたらしいのだ。
またラーメンか、もう辛いのは食べたくない。
と彼は思ったそうだ。
そしたら、ラーメン屋の店員さんがでてきて、
「格闘して食べてくれてありがとうね。ラーメンも喜んでいたよ。」
と伝えてきてくれたそうなのだ。
ラーメンが喜ぶなんてことあるのか、と思ったが、
「いえ、こちらこそありがとうございます。」
と彼は伝えた。
その瞬間目の前のラーメンが光り、小麦や、唐辛子からこのラーメンができあがるまでの情景が彼に飛び込んできた。
その後目の前のラーメンからこんな言葉が聞こえてきた。
「無理して食べなくてもと思ったけれど、
食べてくれたおかげでこうやって、体の一部になって、この思いを伝えられてよかった。食べてくれた恩返しとしてから辛さ耐性をあげよう。」
なんなんだ、ラーメンサイコパスか、そんなんいらないわ、といいそうになったが、優しい彼は
「ありがとう」
と伝えたそうだ。
次の日、なぜか今度は職場のメンバーと別の辛い料理を食べることになった。
辛いものはもう食べたくないと思っていたはずなのに辛いものを食べて、おいしくたべれてしまったというのは、また別のところで語ろうと思う。
星空
「夜景ってさ星空みたいだよね。
いろんなあかりがあってさ。
一つ一つがいろんな輝きを放って生きている。
実際にさ、自分が日々を生きている時は、
輝いてるなんてわからないけど、
遠くからみると輝いてる。
一つ一つが輝くことで綺麗な景色ができる。
それって、星座と同じだよね。」
僕は夜になると天文部で彼女がいっていたそんな言葉を思い出す。
天文部なのになんで夜景の話するんだろう、って
思ってた。
星より夜景が好きな彼女は去年流れ星のように、
いなくなった。
夜景はわからないけどさ、星空だったらさ、
昔の光がみえるんでしょ?
僕はさ、星空をみてたら、君の姿も思い出もみえる気がするから、今も上をみあげるんだよ。
神様だけが知っている
神様だけが知っている私の秘密。
「私」はもうここにはいないこと。
「私」がいる世界は存在しないこと。
これを書いているんだから「私」はいるでしょ
とみんなは思うかもしれないね。
でも、これを書き終えた「私」と同じ私はいないんだよ。みんなだってそうでしょ?
いや、「私」は「私」。
一つのアイデンティティがある、そういう声もきこえてくる。
確かにそうかもね。
「私」は「私」としていないと消えてなくなりそうになる。自分が誰かわからなくなる。そうだよね。
でもさ、そんな「私」はさ、毎日同じ「私」じゃないのかもよ。たしかに、「私」って昨日までの「私」の連続体だけど、昨日=今日じゃないの。
そういう変わりゆく「私」でできている世界も、
1秒前の「世界」と違うよね。
「私」でとらえた「世界」はもう存在しないの。
屁理屈だ って?
うん、そうかもしれないね。
でもさ、そう考えたら少し心が軽くならない?
何に縛られなくてもいい。
目の前の「私」や「みんな」は昨日と違う
だから許せる。
日々の変化が楽しくなる。
ここまでさ、私が考えている秘密を話してきたけど、
全部嘘。
私ももういないかもね。
本当のことはきっと「神様だけが知っている」
この道の先に
ピッピッ
カタカタ
「お電話ありがとうございます。〇〇株式会社の△△です。」
クーラーが効くオフィスで今日も仕事をする
仕事はそこそこ楽しい。
嫌なことももちろんあるけど、毎日少しずつ成長できている気がする。
でも、
深夜に電車から降りてあるって帰る時、ふと思う。
この先になにがあるのだろう、、、と。
私はこの先も同じ日々なのだろうかと。
しんどいことだけじゃなくて幸せなこともあるかもしれないと思うけど、心がすり減っていくんじゃないかって。
次の休みの日。
私は恋人と電車で1時間、海のみえるとある町にきた。
10年以上前の震災から復興した町だ。
駅から30分あるって、右の道の奥に森の中に階段があった。長い長い階段だ。
「なんか、懐かしい。行ってみる?」
ピーピー鳥の音。
ガサガサ、葉っぱの音。
すーっと顔を伝う汗。
はあはあ私たちの声。
15段くらいの階段が4つ分あるそれは、体力が落ちていた私たちには、結構くるものだった。
「登りきれるかな?」
「引き返す?」
見上げると、
緑色の葉っぱと上に広がる青い空、もくもくの雲。
もうちょっとで届きそう。
「でも、登り切ったら何か見えるかもしれない」
ぜーぜー
コツコツ
あ、頂上だ。
木が茂っているじゃりとコンクリートの道がそこにはあった。下には公園と家が広がる「だけ」
「だけ」
私は何を期待していたんだろう。
登った先で海が見えること?
それとも達成感?
隣には、
「登ってきたね、これじゃあ明日筋肉痛だよ」
と笑顔の恋人。
目線の先には神社。
「この神様はなにをまつっているんだろう?」
たとえ、
上に登ったとしてもなにもないのかもしれない。
けれど登ったことで見れた笑顔と神社への好奇心がある。
そしてなにより、
夏の景色とこの先にいくワクワク感を感じられた。
もしかして、
人生もそうなのかもしれない。
「この道の先に」
そう思うことが、人が生きることなのかもしれない。