君は今
借金取りに追われていた遊び人と、生まれてはじめて親に反抗し、屋敷を飛び出したご令嬢。
借金を代わりに返済すると言うから、3日だけ匿った。まさか、あんなにワガママだとは思いもしなかった。
苦いコーヒーは嫌い、甘いフルーツティーが好き。
干しブドウは嫌い、出来立てのタルトが好き。
香水の匂いは嫌い、野原の匂いが好き。
「自分で決めたもの以外、全部嫌。」
ものの2時間ですげ変わった新しい家主は、1番まともな椅子に座って、かつて家主だった俺を顎で使いながら、口にしていた。
ネックレスは嫌い、指輪は好き。
静かなのは嫌い、騒がしいのが好き。
1人は嫌い、誰かと一緒が好き。
夜、そう言って泣いていた。
泣いて、眠った2日目の夜。俺は街で飲み明かした。あんな家にいたら、気が狂うと思った。
日がずっと上がってから帰った。君はいなかった。
部屋は、まるで君がいなかったかのように整頓されていた。
君はそんなことしない。
君は、あるべきところへ行ったんだろう。
とあるご令嬢がご結婚なされた。世間を知らない純粋な花嫁は、白いヴェールに包まれて、花婿の元に送り届けられた。
君は、今
曇り空
講堂は使われていなくても、湿気対策の為に解放されている。
非常出口のライトだけついているような陰気くさいところには、人はより付かない。
私だってそうだ。だから舞台袖のスイッチを操作して、蛍光灯を3本だけ付ける。
3本が重要だ。半開きの扉から光が漏れ出ない。
寝っ転がると、木の板特有の硬さと暖かさを感じる。先生が立って話している舞台も、私だけでは自室と変わらない。
自由登校期間だから、先生も滅多に見回りに来ない。私だけの秘密基地。
学校は好きだ。好きだからこそ、人が必要ではない時がある。居場所と向き合った方がいい時は、3年間過ごした中でちらほらあった。
そのような時にここはうってつけだ。照明操作を知れて、つまり演劇部に入って良かった。
「良かった」
ごろん、暗い客席をのぞく。舞台の縁と平行だと思った。
演劇は中学でおしまいだと思っていた。
仮入部で知り合ったあの子に誘われた。人が足りないこらと、やんわり断ったのに返答されたので、入った。
そこからずるずると入り続けた。オーディションをサボるなんて初めてだった。そのまま忘れてくれたって良かった。
あの子が部長になって、役者のトラブルで私が大会に行くことになった。
例えるなら、保育園の先生みたいだった。幼児に対して大人が少ない、あの雰囲気だった。
この雰囲気が嫌で演劇部に関わりたくなかったのに。
私のよくない性格で、その後からたくさん口を出した。
一番面倒くさいだろうに、あの子は感謝を口にした。
嬉しかった。
あの子は一所懸命に演劇をしていた。素敵で、かっこよくて、羨ましく、尊敬した。
あなたが部活で得たものは?と聞かれたら、あの子と出会えた人生、と答えるだろう。
人生は少しくさいよ。あの子はそう言いそうだ。
シリアスより、喜劇を好んでいたから。
タイムマシーン
未来に行く分には、可能性があるらしい。
相対性なんたかに則ると、スカイツリーのてっぺんと地面は時間経過がズレると言った調子で。
残念だ。私が行きたかったのは過去だった。
私が生まれる前に行って、ぜひ両親に聞いてみたかった。 どうして私を産むの?
こんな質問がありきたりになってしまった世の中は可哀想だ。決して楽ではない出産を乗り越え、自分ではない誰かに時間もお金も費やして、その先にこんなことを聞かれては、怒っても仕方がない。
そう考えるくらい恵まれた環境で育った。だからこそ、訪ねたかった。
あなたの子供はどんなに手をかけても中途半端、普通に漕ぎ着くのにたくさんの労力が必要で、子供は努力が大嫌い。親に平気で嘘をつき、気に食わないことがあれば、怒ったり泣いたりして誤魔化し、本当にどうしようもなくなったとき、あなた方が一生懸命生きてきて得たものを食い尽くす。
そんなでも、産みたいの?
きっと、それでも産みたいと言うのだろうな。
そういう親なのだ。子供の私が1番よく知っている。
でも、なぜ望むかはわからない。これはきっと、私が子供である限り理解し得ないだろう。
同じ学校のあの子がもし両親の子供だったら。優秀な子に素晴らしい環境を与える親がいたら。
感謝している。とても感謝している。
だけど、あなたらが思うほど、私は特別な人間になれなかった。
申し訳ない。ごめんなさい。
色とりどり
私が受けた義務教育に沿うと、まず光のどうこうで色があって、物体は光を吸収したり反射したりする。
簡単に光の色、物の色と言うことにして。それぞれを構成する色を全て揃えると、光は白、物は黒になるのはきっとご存知だろう。
納得のいく事象だと思う。
図画工作の筆洗いバケツが汚かったこと。かわいい色だったのに、魔女のスープに帰結することを不思議に思っていた。
幸せとは
「最近さ、涙もろくなったと思うんだ」
「何?更年期?」
花盛りの17歳である。
「え、そんな引かないでよ」
笑う時も下がり眉なそいつの申し訳なさは、いつも絶妙に察知できない。
「今までなんか見て泣くことなんてあんまりなかったんだけどね、べつに泣けるようなシーンじゃないと思うんだけど。」
「どれ?」
えーと、これ。 あぁこれか〜。
2人でスマホを覗くなら、机に置いたほうが見やすい。
視線は机と垂直に結ばれた。あ、アスパラ入ってる。だからか、しかめ面してたのは。
何話? 最終回。
「最終回はまあ…泣いたっていいよ」
「そういうもん?」
そういうもん。アスパラを避けつつ食べた肉巻きで、おうむ返しは少しくぐもっていた。
年末年始限定で再配信された数年前のドラマ。リアタイはしていなかった。
すればよかったとまでは言わないけど、もう少し早く、もしくは何十年もあとで、見ればな。と今思った。
主人公の母と、その母が恋慕っていたひとが、嫌でも自分達に重なる。
彼女らが生きた時代より、『それ』はあるものとされているけれど。私達の『これ』が果たしてどこまでかなど、物差しが無いから結局わからないままだ。
だから?だけど? 怖い。閉鎖的空間にいると、一緒にいる理由がいくらか省ける。2年で一緒に昼食べてたから。は、わざわざどちらかのクラスに集合するありていな言い訳に成れる。
今は一月。あと二ヶ月で消え失せる居場所。