「叱られるかな」
ふとした時に、思ってしまう。
もしも今、彼女が生きていたらって。
今の私を見たら、なんて言うだろうって。
彼女は純粋過ぎる子で、揶揄ったことや、人のことを悪く言ったことが一度も無かった。
だけど、今の私を見たら、流石に何か言うのではないだろうか。
それくらい、酷い暮らしをしている。
暗い部屋の中、電気も点けず、液晶画面に齧り付く昼夜逆転した日々。
外に出るのは、月に数回。
明日こそ、明日こそやめなきゃと思って、少しずつ活動時間をズラしているけど……
このペースでいくと、一般人に戻るのに何年かかるだろう。
もしも今、彼女が生きていたら……
私のこの生活を見て、どう思うだろう。
流石に叱られるかな。
それとも「頑張ってるね」って言ってくれるかな。
────明日に向かって歩く、でも
「直球の言葉」
「俺の良いところって、なんだろう」
いつもギャーギャーうるさい彼が珍しく静かだと思ったら、どうやら何か悩んでいるようだ。
「いつも元気なところ」
「ううーん……そういうんじゃなくてさ」
「ストレートな言葉で人を褒めたり、素直に気持ちを言えるとこ」
「単に難しい言葉わかんねーだけだよ……」
「いやー、でも素直に気持ちを言うのって、なかなか出来ることじゃないと思うよ」
「嘘つくのめんどくせーだけだし」
「面倒だから、心にもないこと言う人もいるんだよ」
「なんだそれ」
彼の頭が、私の肩に押し付けられた。
「ごめん、今の俺、すげーめんどくさいヤツだよな」
「そんなことないよ」
子供の頃からの付き合いだから、何でも知っていると勘違いしそうになる。
甘えるような仕草も、弱音も、見せてくれたのは、幼馴染から関係が変わってからだった。
それが、とてつもなく嬉しい。
────ただひとりの君へ
「あなたのために作るもの」
手作りのアクセサリーは、ひとつとして同じものにならない。
誰かのためにひとつひとつ作る。
それが、手作りの良いところでもあり、難しいところでもあるのだ。
パーツに黒、紫、青、白の四色のUVレジンを流し入れ、グラデーションを作っていく。
ラメやホログラムなどのパーツを配置し、硬化させる。
「────とまぁ、天の川みたいなアクセサリーの作り方は、こんな感じ。簡単だよ」
「いやいや、簡単じゃないから!」
十年来の友人に贈ったレジンアクセサリーの作り方を訊かれたので、ざっと説明したのだが、簡単じゃないのか。そうか……
「小学生の頃からビーズだのフェルトだの、色々作っていたから簡単に思えるだけじゃないの」
「そうかなぁ……ていうか、よく覚えてるね〜」
彼女とは小学生の頃からの付き合いだ。
「当たり前じゃないの。毎年、マスコットとか、アクセサリーとか作ってくれたし」
「あー……今考えると、下手なもの押し付けてたかも。ごめん」
「そんなことないって。小学生にしては上手だったと思うよ。実はまだうちにあるんだ。今度持ってくるね」
「それはやめて……」
────手のひらの宇宙
「誤解を招く言い方しないで」
ゴウッと強い風が吹き、ロングスカートが踊る。
この丈では真下から風が吹かない限り、スカートの中が見えることはない。
しかも見えたとしても黒の一分丈レギンスが見えるだけだ。
「……なにやってんの」
隣でヤンキー座りをしている彼を睨みつける。
「いやぁ……見えるかなぁと思ってですね」
「変態」
「ゴミを見るような目で見られた。ちょっとゾクゾクしてきた」
「誤解を招くような言い方やめて。もういいから早く歩いて」
「へいへい」
────風のいたずら
「懐かしい本」
『忙しい』というのは、心が亡くなるということ。
それを実感したのは、ブラック企業に勤めて数ヶ月目。
涙脆いという自覚はあったのに、泣けると評判の動画で泣けないと気がついた時だった。
そういえば、読書もしたいと思えない。
畳み掛けるように、体調を崩し、そのまま退職。
上の人にはいろいろ罵倒されたが「ドクターストップかかったので」の一言で黙らせた。
「しばらくうちでゆっくりしたら」という母の勧めもあり、実家に戻った。
だが、染みついた社畜精神は無くならない。落ち着かないのだ。
家業の手伝いを申し出るも「今はゆっくり休め」と言われてしまった。
家にいてもなんだか落ち着かないので、図書館で時間を潰す日々を過ごしている。
読みたい本はだいたい読んでしまったので、昔読んだ本を探す。
児童向けの本だが、ラストが印象的だった。
タイトルは、たしか……
「あった」
閉館時間が近づいていたので、貸出手続きをすることにした。
夜、ベッドに座り、懐かしい表紙の本を開く。
覚えているシーンと、覚えていなかったシーン。
あの頃わからなかった、大人の登場人物たちの言葉が、するすると心に入っていく。
「大人になった、ってことかな」
呟いたと同時に、頬を伝うものに気づいた。
────透明な涙