小絲さなこ

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「懐かしい本」


『忙しい』というのは、心が亡くなるということ。
それを実感したのは、ブラック企業に勤めて数ヶ月目。
涙脆いという自覚はあったのに、泣けると評判の動画で泣けないと気がついた時だった。
そういえば、読書もしたいと思えない。

畳み掛けるように、体調を崩し、そのまま退職。
上の人にはいろいろ罵倒されたが「ドクターストップかかったので」の一言で黙らせた。

「しばらくうちでゆっくりしたら」という母の勧めもあり、実家に戻った。
だが、染みついた社畜精神は無くならない。落ち着かないのだ。
家業の手伝いを申し出るも「今はゆっくり休め」と言われてしまった。
家にいてもなんだか落ち着かないので、図書館で時間を潰す日々を過ごしている。


読みたい本はだいたい読んでしまったので、昔読んだ本を探す。
児童向けの本だが、ラストが印象的だった。
タイトルは、たしか……

「あった」

閉館時間が近づいていたので、貸出手続きをすることにした。


夜、ベッドに座り、懐かしい表紙の本を開く。


覚えているシーンと、覚えていなかったシーン。
あの頃わからなかった、大人の登場人物たちの言葉が、するすると心に入っていく。

「大人になった、ってことかな」
呟いたと同時に、頬を伝うものに気づいた。




────透明な涙

1/17/2025, 8:29:32 AM