「最後の挨拶」
ラジオからは今年のヒット曲メドレー。
今日が今年最後の日だなんて、実感がない。
大掃除と似て非なる引越し準備は、なかなか進まない。
気がつけば午後六時半過ぎ。
続きは年明けにしよう。
ひとり分の蕎麦を茹でて、薬味と日本酒と共に食卓に並べる頃には、紅白歌合戦が始まろうとしていた。
今回の年末年始の休暇は実家には帰らない。
ひとりきりの大晦日もお正月も、きっとこれが最後だろうから。
早めに入浴して、ストレッチしながら紅白歌合戦を聴く。
友達からの「良いお年を」のメッセージに混じって届いた彼からのメッセージに返信した。
彼に年の瀬の挨拶をするのは、これで最後。
「一ヶ月後には一緒に住んでいるなんて、信じられないなぁ……」
────良いお年を
「今年最後の」
「うぅ……しみる……」
「さーむーいー。誰だよ二年参りしようって言ったやつ!」
「お前だろ」
「俺じゃねーよ」
「誰でもいいよ。もう集まっちゃったんだし」
大晦日。二十三時。
いつものメンバー男四人で、ぞろぞろと近くの寺へ向かう。
「ちょっと早くね?」
「そんなことないんじゃないかなぁ」
「いつ行っても混んでるんだから、いいんじゃね?」
「さむいいいーもうかえりたいー」
「あ、俺カイロ持ってるよ。この前福引でいっぱい貰ったんだー」
「神!」
「あれ、期限切れてね?」
「ほんとだ。いつ貰ったやつだよ」
「えーと、去年?」
「どこが『この前』なんだよ」
「でも使えるよ」
「ああ……カイロじゃなくて、彼女であったまりたい……」
「またお前はそういう……」
「お前らには悪いけど、俺は来年は彼女と二年参りするからな」
「十二月三十日に振られる、に一票」
「じゃあ俺、二年参りの途中、来年が終わる直前に振られる、にこのカイロを賭ける」
「いらねー」
「なんで俺がいつ振られるか賭けてんだよ」
「俺は彼女出来ない、に賭けるわ。つーか、お前ら一応夜中だぞ。静かに歩け」
思えば今年もこいつらとバカなことばかりしていた気がする。
「はー……さむいさむい」
「あ、走ればあったかいんじゃね?」
「それなー。よーい、どん!」
「あ、てめぇ!」
「いきなり始めるんじゃねぇ!」
「お前ら、うるせーぞ!」
出来れば、コレがバカ納めであってほしい。
そう思いながら、俺は寺までダッシュする三人を追った。
──── 一年を振り返る
「幼馴染と、こたつでみかん」
炬燵──それは一度入ったら出られない、悪魔の暖房器具。
幼馴染歴二十年を超える男友達と炬燵に入り、ダラダラとテレビを見ながら、みかんの皮を剥く。これぞ日本の年末年始って感じでいいねぇ。
ティッシュの上に半分に割った中身を置き、一房ずつ白い筋を取り、再びティッシュの上に並べていく。
幼馴染がそれをつまみ、躊躇うことなく自分の口の中に放り込んだ。
「ちょっと、ねぇ!」
「ん?」
「それ、私が剥いたやつだよ」
「うん。知ってる。ありがとう」
「そうじゃなくて!なんで食べちゃうのよ!」
「え、俺に剥いてくれてるんじゃないの?」
「なんでだよ。私が自分で食べるためだよ」
「そっか。悪い悪い」
そう言って彼は「ほれ、あーん」と、みかんを一房私の口元に差し出す。
「あのねぇ」
「食わねーの?」
半ば無理矢理、口の中に押し込まれてしまった。
そんな私たちのやり取りを見ていた母が一言。
「あんた達、本当に仲良いわねぇ。いい加減、結婚すればいいのに」
後半のセリフは余計だよ、お母さん!
────みかん
「休みが合わない!」
年末年始にバイトのシフトを入れまくったことを少し後悔。
まさかクリスマスに彼女ができるとは思わなかった。
「うーん……大晦日が遅番、元日が早出かー」
元日は朝早いので、二年参りは出来そうもない。
バイト後なら会えるだろうか。
彼女に連絡すると、元日昼からバイトがあるとのこと。それなら大晦日はどうかと訊くと、昼過ぎまでバイトで、そのあと母親の手伝いがあると断られた。
じゃあいつなら大丈夫なのかと、俺の休みと彼女の休みを教え合うと、見事に休みが被っていない。
付き合い始めたばかりなのに、これってどうなんだろう。
『初詣、学校始まってからでも、行けるときに行けば良いんじゃない?』
まったく焦る様子がない彼女のメッセージ。
彼女のなかで、俺の優先順位は低いのかもしれない。
そう思っていたのだが──
『来年、休み合わせようよ』
予想以上に彼女が俺との未来を見ていることに頬が痒くなった。
────冬休み
「手袋が必要ないくらいに」
イルミネーションはクリスマスの後も続く。
久しぶりのデートコースは街路樹が鮮やかに彩られている。
いつも見慣れているはずの通り。
子供の頃から馴染んだ街並み。
それが光と色で別の世界のものに見えてくる。
「どうした。手袋忘れたのか」
カバンの中に入ってる──言うよりも早く、彼は私の片手を掴むとそのまま自分のコートのポケットに突っ込んだ。
悪戯が成功した子供のように笑う彼。
「それじゃ、あったかいの片手だけだよ」
「あとでそっちの手と交代するし、それに──」
耳元で囁かれた恥ずかしすぎる提案に「バカ」と返す。たぶん私も耳まで赤い。
────手ぶくろ