「お弁当を作ろう」
「なぁ、愛情は料理の隠し味っていうけど、あれ本当なのかな」
ある日の昼休み。
悪友のひとりが弁当をつつきながら呟いた。
「さぁ?」
「ていうか、今お前が食ってるそれ、オカンの手作り弁当だろ。愛情たっぷりで美味いんじゃねーの?」
「いや、母親のは家族愛だから、違うだろ」
「家族愛も愛情だろ」
「ちげーよ」
「じゃあ、どういうのが愛情なんだよ」
「それは……」
俺たち四人は顔を見合わせた。
「愛って……なんだろう」
「一気に哲学めいてきたな」
「つーか、なんの話してたんだっけ」
「愛情は料理の隠し味っていうのは本当なのかどうか」
「あー……」
「実験するしかねーな」
「実験?」
「よし、明日、各自弁当作って食べ比べだ!」
かくして、明日お弁当対決することになってしまった俺たち。なぜこんなことに……
────愛情
「掴まれた手首から、熱」
私と彼は、物心つく前から一日中ずっと一緒にいた。
毎日毎日、ずっとずっと。
だから、ちょっとした「いつもと違うこと」にはすぐに気がつくのだ。お互いに。
「ねぇ、なんか顔赤いよ」
ふたりきりの通学路。
彼の顔色がいつもと違うことに気がついた。
「そうか?」
「熱あるんじゃない?」
「そうかなぁ」
彼は私と目を合わせようとしない。
これは、発熱しているという自覚、あるでしょ!
「今日、休んだら?」
「だから、熱なんかないって」
いや、その反応はあるけど隠してるやつ!
「ほんと、そういうんじゃねーから」
ぱしり。
額に手を伸ばした私の手首を彼は掴んだ。
その表情に息を呑む。
「そういうんじゃ……ないから」
もう一度繰り返される、発熱を否定するセリフ。
今熱いのは、私の方だ。
────微熱
「始まりの日」
窓の向こうは雲ひとつない青空。
日陰は寒いが、日向は暖かい。
引っ越しの荷解きと掃除が終わり、疲れてしまったのだろう。
和室の窓際で座布団を枕にして寝息を立てている彼女の髪にそっと触れた。
その柔らかさに、実家で飼っていた猫を思い出す。
「猫みたいだなぁ。あったかい場所見つけるの得意だし」
呟くと、彼女が瞼を開いた。
「貴方だって……」
俺の手を掴んで、見上げる瞳。
そうだ。俺のあたたかい場所は、ここだ。
お互いが見つけた、それぞれのあたたかい場所。
それが今日からひとつになる。
「やっぱり、和室がある物件選んで正解だったね」
同棲初日は、こんな風に始まった。
────太陽の下で
「お揃いニット」
「ねぇ、セーターかカーディガン買う?」
「うん、カーディガンの方買うつもり」
「私も買うならカーディガンだなぁ。どの色にする?」
制服のVネックセーター、カーディガンは、ネイビー、チャコールグレー、キャメルの三色から選ぶことができる。
制服とはいえ必須アイテムというわけではないので、多くの生徒が秋になってから購買部で購入する。
そのため、友達同士で色を揃えたり、カップルで同じ色を購入することも少なくない。
衣替えして数週間経ち、クラスメイトの女子数名がその話題で盛り上がっている。
彼は私に問いかけた。
「自分が好きな色着たらいいと思うんだけどなー。なんで人と同じのわざわざ選ぶんだ?」
「ペアルック的な……仲良しの証拠、みたいな感じなんじゃないの」
さらりと返す。
だが、心の中は大嵐だ。
こんなことを訊くってことは、セーターかカーディガンの色を揃えよう、って提案しても確実に断られるだろう。
こうなったら、彼が購入してから買うしかない。
「じゃあ、俺たちも色とか揃えた方がいいか?」
普段言わないようなことを言い出した彼の顔を見つめる。
「な、なんだよ。俺だってたまには彼氏らしいことしようかって気分になるんだよ」
みるみるうちに彼の頬が染まるものだから、こちらもなんだか恥ずかしくなってきた。
たまには、じゃなくて、いつもならもっといいんだけど──なんて、言えない。
────セーター
「わかってしまう」
「どこで覚えてきたの、そんな台詞」
妙な気持ちになっていることを悟られたくなくて、私は彼を突き放した。
ただの幼馴染。
そのはずなのに。
それまで見たことのない彼の表情に、胸の奥が跳ねる。
こんなに長い年月、一緒に過ごしていたのに、なぜ今こんな気持ちになるのだろう。
全身を駆け巡る言葉が甘くて溶けてしまいそうになる。
私を見つめているその顔も声も他の人には見せないものなのかもと思ってしまう。自惚れだと解っていても。
「こんなこと言うの、お前だけだし」
これがトドメでなくて何であろうか。
どういう意味──なんて、白々しく訊かない。訊けない。
「わかってるよ」
それだけ言って、顔を背けた。
顔が、体が熱い。
どうか今、触れたりしないで。
無自覚だったものを、自覚してしまう。
この気持ちが何なのかを。
────落ちていく
────────────
「私は両親みたいにならない」
環境というのは恐ろしいものだと、つくづく思う。
世の中の夫婦は皆していると思っていたことが、常識ではなかったということに気がついたのは、高校生になってからだった。
そう、私の両親はとんでもないバカップルなのだ。
挨拶のハグとキスは日常。
ナチュラルに行われる「はい、あーん」
月の半分以上は一緒にお風呂に入っている。
シミラールックなんて言葉が流行る前から、ふたりの服装は統一感ばっちり。アルバムでも確認済だ。
「仲良くて良いなー」
うちの両親を見て呑気に呟く彼氏。
私は決意した。
「絶対、私は両親みたいにならない……」
────夫婦