小絲さなこ

Open App
11/20/2024, 2:22:11 AM


「アロマキャンドルは好きになれない」



透明のパッケージから出さなくても甘ったるい匂いを放っているアロマキャンドル。
私の誕生日に彼女がくれたもの。

くどい程の甘い香り。
だけどきっと、好きな人は好きな香りなのだろう。
そう、私の元カレとかね。

私には甘すぎる薔薇のような香りは、彼女そのもの。
私には似合わない。
一生、身に纏うことはない。

彼女が私にプレゼントしてくれたものは、何ひとつ私の趣味に合わなかった。

それなのに、男の趣味は同じだったのね。

見抜けなかった私がバカだった。それだけ。
好みの男を手に入れるためならどんな手段でも使うなんて、そんな人が現実にいるとは思わなかった。
狙った男を手に入れるため、その男の彼女と友達になるなんて、正気の沙汰とは思えない。



彼女がいつも纏っていた甘さしかない香り。
それによく似ている、ピンクのアロマキャンドル。

絶対に使わない。
でも、棄ててしまうのもなんだか悔しい。

物に罪はないとはいうけど、私は一生、アロマキャンドルは好きになれない。


────キャンドル

11/19/2024, 6:51:39 AM

「物心つく前の」



「これ、どういう状況?」
「さあ?」
「絵面は面白いけど、これは使えないね」

今選んでいるのは、結婚披露宴で流す、ふたりのヒストリー的な動画の素材。おもしろエピソード集のための素材ではない。

「でも気になる……」
「母さんに訊いてみるか」

アルバムに貼られている一枚の写真をスマホで撮影して実家の母にメッセージを送信。


物心つく前からの付き合いだから、それはもう数え切れない程のエピソードが俺たちふたりにはある。

自分たちでは覚えていない頃のこと。
ともだちってなんなのかわからないまま仲良しだった頃のこと。
男女関係ない友達だと信じていた頃のこと。
幼馴染から彼氏彼女の関係になった頃のあれこれ。
色々あったけど、俺たちはもうすぐ夫婦に──家族になる。

「返信きた。なんか、アニメの真似してたらしい」
「アニメってなんの……」
「わからん」

そしていつか、俺たちも『物心つく前のエピソード』を伝えていくのだろう。


────たくさんの想い出

11/18/2024, 7:52:27 AM

「一番の楽しみ」


「オープン日未定……」
スマホでスキー場の公式SNSを見ている彼女が肩を落としため息をついている。

「温暖化だからなぁ……」
「ううう……」

唸る彼女の肩を叩くが、ぺしりと払い除けられてしまった。

「あーあ。私の冬の楽しみが……」
テーブルに突っ伏して呟く彼女。

「冬の楽しみはスノボだけじゃないだろ」
「……スノボが一番だもん」

俺の彼女は三度の飯よりスノボが好きなのだ。
俺はウインタースボーツの類は一切しないので、冬季の休日は自然と別行動になる。

「もういっそ雪山行かずに俺と一緒に炬燵で読書しよーぜ!」

わざと明るく誘ってみるも、キッと睨まれた。
八割くらい本気だったのになぁ……



────冬になったら

11/17/2024, 8:04:21 AM

「ゆびきりげんまん」


物心つく前から、私とあの子はずっと一緒にいた。
このまま大きくなっても一緒なのだと信じていたんだ、ずっと。

まさか、お別れする日が来るなんて。

ひとつのものを無理矢理、半分に分けたかのように、心だけではなく、身体中に痛みが走った気がした。

絶対、絶対に忘れないで。
絶対、絶対に忘れないよ。

約束したはずなのに──


「あー、ごめん。仲が良い女の子がいたことはなんとなく覚えているんだけど……」

物理的な距離は、あの子から私の記憶を薄めてしまった。
数年ぶりに再会したことは嬉しかったけど、それだけでは終わらなかった。

あの子は私のことを覚えていなかった。

仲の良い幼馴染がいたことは、ぼんやりと覚えていたようだが、名前や声は覚えていない。
こんなの、覚えているうちに入らない。

じゃあ、あの約束は?
小指を絡めて交わした、あの約束は?


ずっと私の心を支えていた、もうひとつの約束。

何よりも大切なことは、怖くて訊くことができない。



────はなればなれ

11/16/2024, 7:12:30 AM


「一度は言ってみたい台詞」


「ここは俺に任せて、お前は先に行け。俺は後から行く」
「それ死亡フラグじゃねーか」
「いや、でも一度は言ってみたい台詞っていったらこれだろ」
「まあ、言ったらフラグ立つしな」
「安心しろ。峰打ちだ」
「またシチュエーションが限られる台詞きたぞ」
「俺に惚れちゃ火傷するぜ、子猫ちゃん」
「うわぁ……」
「言ってみたくね?」
「うーん……」
「言いたいかどうかはともかく、ポーズ取って言ってるの見ると、こう……」
「痛いな」
「あ、言っちゃったよこいつ」

くだらないことを駄弁りながら、のろのろと住宅地を歩く。
四人の影が伸びていて、日の入りの時間が近づいているのだと実感する。

「そういえばさぁ……この『子猫ちゃん』って、俺マジで動物の子猫のことだと思ってたんだよねー」
「なんで!」
「いや、猫アレルギーの人が言ってる台詞なのかと」
「猫っぽい気まぐれな女のこと言ってるんじゃねーの?」
「いや、性の対象としてみている女性の比喩らしいぞ」
「マジか。考えようによってはクズいな」
「だよなぁ……やっぱり一度は言ってみたい」
呆れたような目やゴミを見るような目で見られた。解せぬ。



────子猫

Next