「落葉」
もう終わりにしよう。
そう思って、自分から連絡するのをやめた。
メッセージは未読スルーして三日後に返信。
もう終わりに近づいていることを、それとなく匂わせてきた。
今日が最後。
だからこそ、最高の私を見せたい。
服は思い出のあの日と同じものだけど、ヘアサロンでセットとメイクをしてもらった。
だけど、いつもと同じようで違う私に彼は気が付かない。
やっぱり、今日で終わりだね。
澄んだ青い空。
太陽の光は温かいのに、吹く風はひんやりとしている。
春に生まれて、夏に急に盛り上がった恋。
すべてを凍らせる冬になる前に、今終わる。
赤く染まった葉が、ふたりの間を落ちていく。
────秋風
「今シーズン最後の絶景」
「もうそんな時期か」
冬季通行止め予告の電光表示を見て呟く。
十一月中旬から来年の四月下旬まで、あの道は通れない。
しばらく通れないとなると、無性に行きたくなるものだ。
だが、今の自分の服装で行くのは躊躇われる。
このまま行ったら確実に寒いだろう。
翌日朝、路面凍結により通行止めと知った。
いつだったか、通行止め期間の数日前に凍結で通行止めになったとき、そのまま冬季通行止めに入ってしまったことを思い出す。
今シーズンはもう行けないかもしれない。
祈るような気持ちで迎えた休日、真冬用の上着を積んで車に乗り込んだ。
朝のうちは霧が濃い。注意報も出ている程だ。
ぼんやりと白い靄のかかる方向へと向かう。
市街地の街路樹の葉は赤茶色。
近くの山は赤と黄色が斑らで、昨日とは違う色に染まっている。
「着く頃には晴れているといいんだが」
今年最後の絶景を見られることを祈り、アクセルを踏んだ。
────また会いましょう
「恋に恋していたんだな」
あまりにもしつこいものだから、言ってやる。
「……あのー、彼女いるんですよね?」
「彼女じゃないよ。親が決めた婚約者」
「なお悪いじゃないですか!」
「バレなきゃいいんだって」
あまりな返しに、呆れてものが言えない。
そのまま立ち去ろうとしたが、予想外の言葉に道を塞がれる。
「お互い恋愛感情のない、形だけの婚約者だよ。それにあの子も他の男と遊んでるし」
そう言って彼は遠くを見つめた。
「寂しいからとか、愛のない結婚したくないとか、色々理由つけたとしても浮気は浮気だと思いますけど」
冷たく言い放ち、彼の隣をすり抜ける。
ずっと好きだった人と再会して、一瞬でも喜んでしまったのは仕方ないことだ。
すぐに彼女がいると知って、残念に思うと同時に、彼女との幸せを祈ろうと決めたのに。
今さら、私に声なんてかけないでほしい。
しかも、動機は不純。
恋に恋していたんだな、私。
まさかこんな人だったなんて。
「許されない恋って、スリリングで燃えると思わない?」
「思いません!」
振り向かずに大きめの声で返す。
私は平穏な恋しかしたくない。
────スリル
「それもひとつの才能」
何もかも、平均よりもちょっとだけ上。
成績も運動神経も顔も。
適当にやっていてその結果が出せるのなら、それで良いと思っていた。
「器用貧乏」という言葉を知ったのは高校生になってから。
なにもかも卒なくこなせるのに、特別得意なことがないし、興味を抱いていることもない。
学校で仲良くなった連中は、身の程知らずな夢を描いていたけど、それが羨ましかった。
だがそれは俺にとっては遠すぎるものだ。
才能がある者や、青春を犠牲にして血の滲むような努力をし続けた者が叶えられるのだから。
「それもひとつの才能だと思うけどなぁ」
幼馴染はそう言ってくれるけど、何もかもトップレベルで出来るわけではなく、あくまでも平均よりもちょっとだけ出来る、程度だ。
「いやいや、そういう何もかもバランスよくっていうのが、なかなか出来ないことなんだってば。昔からすごいなぁって思ってたよ。ほんとに!」
そういうもんかなぁ……
「まぁ、進路調査は困るだろうけどねー」
「そうなんだよ……」
俺は頭を抱えた。
提出日は明日。
「もう、適当に『地元の大学進学』って書いとけば?」
「ううーん……」
「三年になっても思いつかなかったら、いっそ私と同じ大学にしても良いと思うし」
「……え」
思わず幼馴染の顔を見つめると、彼女は頬を染めた。
「冗談だってば!」
「あー、うん」
そうだよなぁ。保育園から大学まで同じとか、ちょっと……どうなんだろう。
いや、でも……
こいつのいない生活って、なんか想像できないな。
「もうほんとテキトーでいいと思うよ。まだ一年なんだし。大学進学だけで良いんじゃないかな。野球部でもないのに『大リーガー』とか書いてるあいつよりはマシだと思うよ」
「……たしかに」
────飛べない翼
「銀色と金色の向こう」
午後四時半。
防災行政無線のチャイム。
夕陽に照らされて、銀色と銀色に輝く穂が風に揺れている。
幼い頃、それは自分の背丈よりも遥かに高いと思っていた。
向こう側の景色が見てなかったから。
だけど今は、向こうから彼女が歩いて来るのも見える。
「今帰り?」
「あぁ」
進学した高校が別々になっても、この時刻、この場所でなら彼女に会える。
それを知ってから、色々と調整して偶然を装っているのだ。
「すごい夕焼け」
そう言って彼女はスマホを取り出す。
ススキ越しの空は五分前とは別の色をしていた。
────ススキ