「期待を背負って、決意を背負って」
ボールを追いかける彼を、私がどんな気持ちで見つめているか、彼はきっと知らないだろう。
この辺りでは有名な必勝祈願のお守りを両手で包み込む。
どうか、どうか、あと、一点!
最後の大会を勝利で締めたい、と彼は言っていた。
もしも私に不思議な力があっても、彼は奇跡を望まないだろう。
そんなことわかっているし、私に不思議な力なんて無いけど、祈ってしまうのは仕方がない。
ボールを受け止めた彼が、ゴールに向かって走り出す。
立ち上がりそうになるのを堪える。
昨日、彼とした会話を思い出す。
「優勝したら、話を聞いてほしいんだ」
「それって優勝しないとできない話なの?」
「そうじゃないけど……そうでもしないと言えないっていうか」
期待させる台詞を吐いた彼を恨んでる。
変なフラグ立てないでよ。
話なんて、いつでも、いくらでも、聞くのに。
彼の姿を一瞬でも見逃さないように、唇を噛み締めた。
────力を込めて
「彼女の願いと私の目標」
学校行事の際は、カメラを向けられると逃げていた。
写真に撮られることは苦手だ。
自分が写ったものを見返すこともない。
在学中、すでに『卒業したら同級生とは会わない』と決めていた私。
もう会うことがない人の手元に自分の写真があり続けることが嫌だ、という理由もあった。
「そんな学生時代だったのに、今は写真家なんですね」
インタビュアーの相槌に頷く。
「それが何故、写真を撮るようになられたのですか」
「美術部だったんですけど、林間学校のときに見た風景を文化祭で展示する用の作品として描こうとして……初めてそういう、学校行事の時の写真を買ったんですよ」
「参考資料として?」
「そうです。でも、ああいう写真って人物がメインじゃないですか」
「あー、まあたしかにそうですよね」
「だから、自分で撮り始めたんですよ」
数年は風景を撮っていた。
自分が描きたい風景を探して、撮って、描いて、また撮って……そんな日々。
そんなとき、あの人と出会ったのだ。
「彼女をモデルに撮りたい。私が撮らなければ、って。今から思うと何様だって感じなんですが、そのとき何故か強く思ったんです」
ローカル局からの取材を終え、閉場時間となった会場で息を吐く。
昨日から始まった、私の初めての個展。
彼女が願ったことは、やがて私の目標となった。
あの人の生きている証を残したくて始めたことが、私の世界を広げてくれた。
彼女と出会わなければ、今私はここにいない。
たったひとつの出会いで、それまでの生き方も考え方も変わってしまうものだなんて、学生時代には思いもしなかった。
ひとりきりの会場を歩く。
靴音が響いて、改めて今ここには自分しかいないのだと実感する。取材で昂っていた気持ちがようやく落ち着いてきた。
会場の入口から一番近い写真は、彼女の横顔。
池の前で山を眺めている。
「次の目標は自分で決めないとね」
今はもう空の向こうにいる彼女の声が聞こえた気がした。
────過ぎた日を想う
「星よりも月よりも」
片手で足りるほどの星しか見えない街で育ったからだと言い訳をする。
満天の星空を見ても、私にはどれが何座なのかわからない。
「やっぱり、君は星に興味が無いか」
寂しそうな彼の言葉。
思わず足元に視線を落とす。
「あれが秋の四辺形だよ」と言われても、どれなのかまったくわからない。
興味が無いと言われても仕方がない。
正直なところ、雲が空を覆っていない限り、どんな場所でも見ることが出来る月の方が好きだ。
こんなこと、決して言わないし、言うつもりもないけど。
「星占いは好きなのになぁ」
追い討ちをかける彼は、ホロスコープのことをまったく知らない。
「それとこれとは別」
そう言って、私はため息をついた。
少し冷えてきた気がする。
空ばかり見てないで、こっち向いてよ。
────星座
「ふたりきりのフォークダンス」
文化祭というものには、ジンクスがつきものだ。
後夜祭で花火やフォークダンスをする学校なら尚更。
花火をふたりきりで見ると結ばれる、だとか。
フォークダンスで手を繋いだ人とは深い仲になる、だとか。
フォークダンスをふたりきりで踊ると結婚する、だとか。
まぁ、そんなありがちなジンクスが、我が校にもあるわけだ。
「ていうかさー、花火をふたりきりで見ること自体、脈アリってことじゃね?」
「まぁね」
今、俺は彼女と教室に向かっている。
最後の文化祭である今年、ふたりきりで花火を見ようと誘ったのだ。
ずっと、ずっと保育園児の頃から好きだった女の子。
今も変わらず俺の側にいてくれるなんて、これを奇跡や運命と言わずして何と言うのだろう。
一昨年は照れて誘うことが出来なかった。
昨年は色々と邪魔が入り、花火を見ることは出来なかったが、その代わりお互いの気持ちが同じだとわかったから結果オーライだ。
ちょうど教室に着いたそのとき、校庭からフォークダンスの開始を告げるアナウンスが聞こえてきた。
「ちょっと早かったんじゃない?」
花火は後夜祭の最後だ。
「いや、ちょうどいい」
そう言って、跪く。
目を見開く彼女に、手を差し出した。
────踊りませんか?
「流行りの物語のように」
出会うのが遅かったね。
あと数年早かったら、あなたを選んでいたかもしれないのに。
あの人を選んだことを後悔してないし、それで良かったと思っているけど、あの人の気持ちとあなたへの感情はまったく別物だということは、否定できない事実。
輪廻転生が本当にあるのだとしたら、来世でもまた会えるだろうか。
あの人とあなた。
来世の私はどちらを選ぶだろうか。
こんなことを思っていることさえも、あなたに伝えるのは赦されない。
どうか、今世ではこのまま他人のままでいてほしい。
生まれ変わっても、私はあなたを見つけてみせる。
だから、どうか今世ではあなたを愛せないことを赦して。
いえ、赦さなくてもいい。
この罪は、そのまま背負って来世へ持っていくから。
────巡り会えたら