「スタンプだけの理由」
「俺、彼女にウザがられてるかもしれない」
ずっと密かに悩んでいることを、親友に打ち明けた。
「理由は?」
「これを見てくれ」
「いいのか?」
俺はスマホの画面を彼らに見せる。
「どう思う?」
「お前、文章長すぎ!
「つーか、日記じゃねーか、これ」
「いや、俺の書いた文はどうでもいいんだよ!」
「返信が、いつもスタンプだけだな。どんな長文にもスタンプだけ」
「そうなんだよー。やっぱ、ウザがられてるよなぁ」
「うん。ウザいっていうか、よくこんな長文書けるなぁと思われてそう」
「うう……やっぱウザがられてるか」
「読むのダルいと思うぞ」
「隣に住んでて毎日学校でも会ってるんだから、直接話せばいいだろ」
「……あー、うん、そうだよな」
アドバイスに従い、俺は彼女にその日あった出来事やなんやかんやをLINEで送るのをやめることにした。
そして数日後。
「ねぇ、最近LINEが業務連絡みたいになってるけど、なんかあった?」
彼女が心配そうな表情で俺を見つめる。
「あー、いや、なんか……俺、毎日毎日、長文送り付けてたから、ウザかったかなぁと思って……」
「そんなことないけど」
「えっ……でも、返信スタンプだけだし」
「あ、それは……」
彼女の話をまとめると、返信がスタンプだけなのは、俺の書く文章のファンなので、トーク画面を俺の書いたもので埋め尽くしたいだけなのだという。なんだそれ。やっぱり俺の彼女おもしれーな。
────君からのLINE
「本丸を落とすために」
君は、きっと気付いてない。
細々と、着実に、君の外堀を埋めていることに。
子供の頃から、ゆっくりと、確実に。
「おおきくなったら、けっこんしようね」
あの頃言ったこと、俺は本気なんだけど、君はまったく覚えてないんだよなぁ……
まぁでも君の両親は既に俺が懐柔してるので、二十歳になっても状況に変化がなければ、最悪そちらから攻めていけばいいかと思っている。
「お前、そんなことしてんのか……」
この話を親友にしたところ、ドン引きされた。
いや、死ぬまで愛し続けると誓った女に対しての攻略方法としては普通だろ。
「……普通かどうかはともかく、執念というか、執着がすごいっていうか……うん、やっぱちょっと普通じゃねーよ」
「いや、そもそも恋愛においての『普通』ってなんだろう」
「たしかに……」
まぁ、こんなこと、死ぬまで君には言うつもり無いがな。
色々とドン引きされそうだということは、わかっているつもりだ。
それに、君はまだ自分自身の気持ちにも気がついていない。
今、俺が君に告白したとしても、君はきっと戸惑って俺のことを避けてしまうだろう。
さて、本丸を落とすためには、どうしたものか……
────命が燃え尽きるまで
「夜に溶けていく文字」
この時間に調子が良いのは、夜中に生まれたからだと思ってる。
BGMは、外から聞こえてくる音。
遠くから聞こえる救急車のサイレン。
ちょっとヤンチャなバイクの音。
控えめな虫の鳴き声。
繋げたままのチャットルームは、私ひとり。
ふらりと入室して、たまに寝落ちするあの人は、今夜はたぶん来ない。昨日「明日は飲み会」と言ってたから。来てほしいけど。
カタカタとキーボードを鳴らす。
ああ、またタイマーをセットするのを忘れてしまった。
延々と作業し続けてしまうのは良くないからと、あの人が勧めてくれた、ポモドーロタイマー方式を取り入れようとしているのに。
データを保存し、画面はそのままにして、ベッドに寝転んだ。
無造作に置いている資料をパラパラとめくる。
まだ寝るつもりはない。
会いたくて、会えなくて、次の約束さえも不安定。
いや、不安定なのは自分の生活か。
あの人は、ちょっと夜更かしなだけのマトモな人だもの。
午前二時半。
あと一時間くらい頑張るか。
今度こそ、タイマーをセットして、キーボードに触れる。
この時間が、たぶん一番私らしくいられる。
────夜明け前
「君に土下座」
自分で言うのもなんだが、顔がまあまあ良くて、人当たりも良いから、女の子たちとはそれなりに交流していた。
特定の子と付き合ったりはしなかったけど。
そんな俺の行動が、君には理解出来なかったみたい。
いや、だって、男ってのは、女の子に声かけられたら嬉しいイキモノなんだよ。
付き合ったりはしないけど、それなりに楽しくやれたらいいなーって、そんな軽い気持ちだったんだ。
でも、それが君を傷つけていた。
今さら何を言っても信じてもらえないんだろうな。
それこそ物心つくかつかないかの頃から、ずっと、ずっと君のことが好きだ。
そのことを、どうしたら信じてくれるだろう。
本気なのは君だけだって。
「そんなこと信じられるわけない」
デスヨネー。
日頃の行いって大事だよな……
過去の自分をぶん殴ってやりたい。
なんだかんだで君は俺のそばにいてくれるから、調子に乗ってしまったんだ。
土下座しても、言葉を積み上げても、きっと足りない。
────本気の恋
「あの家には帰らない」
カレンダーをめくる。
残りの枚数を数えて、ため息をつく。
来年のカレンダーを買うかどうしようか、迷う。
備え付けのベッドも机も狭すぎて、会社の寮は本当に、ただ寝るだけの部屋。
私物はキャリーケースひとつ。
クローゼットの中にある服は、ダンボール二箱分くらいか。
いつだって、どこにだって行ける。
あの最悪な実家以外なら。
絶対に、絶対に、あの家には帰らない。
生きるために、家を出たのだ。
来年の今頃、何をしているのかわからなくてもいい。
その日暮らしのような日々でも、あの家にいるよりはマシだ。
寮に住めることが第一条件。職種は問わない。
スマホで求人情報サイトの検索結果をスクロールしていく。
夏は山小屋、冬はスキー場に住み込むのもいいかもね。
────カレンダー