「本丸を落とすために」
君は、きっと気付いてない。
細々と、着実に、君の外堀を埋めていることに。
子供の頃から、ゆっくりと、確実に。
「おおきくなったら、けっこんしようね」
あの頃言ったこと、俺は本気なんだけど、君はまったく覚えてないんだよなぁ……
まぁでも君の両親は既に俺が懐柔してるので、二十歳になっても状況に変化がなければ、最悪そちらから攻めていけばいいかと思っている。
「お前、そんなことしてんのか……」
この話を親友にしたところ、ドン引きされた。
いや、死ぬまで愛し続けると誓った女に対しての攻略方法としては普通だろ。
「……普通かどうかはともかく、執念というか、執着がすごいっていうか……うん、やっぱちょっと普通じゃねーよ」
「いや、そもそも恋愛においての『普通』ってなんだろう」
「たしかに……」
まぁ、こんなこと、死ぬまで君には言うつもり無いがな。
色々とドン引きされそうだということは、わかっているつもりだ。
それに、君はまだ自分自身の気持ちにも気がついていない。
今、俺が君に告白したとしても、君はきっと戸惑って俺のことを避けてしまうだろう。
さて、本丸を落とすためには、どうしたものか……
────命が燃え尽きるまで
「夜に溶けていく文字」
この時間に調子が良いのは、夜中に生まれたからだと思ってる。
BGMは、外から聞こえてくる音。
遠くから聞こえる救急車のサイレン。
ちょっとヤンチャなバイクの音。
控えめな虫の鳴き声。
繋げたままのチャットルームは、私ひとり。
ふらりと入室して、たまに寝落ちするあの人は、今夜はたぶん来ない。昨日「明日は飲み会」と言ってたから。来てほしいけど。
カタカタとキーボードを鳴らす。
ああ、またタイマーをセットするのを忘れてしまった。
延々と作業し続けてしまうのは良くないからと、あの人が勧めてくれた、ポモドーロタイマー方式を取り入れようとしているのに。
データを保存し、画面はそのままにして、ベッドに寝転んだ。
無造作に置いている資料をパラパラとめくる。
まだ寝るつもりはない。
会いたくて、会えなくて、次の約束さえも不安定。
いや、不安定なのは自分の生活か。
あの人は、ちょっと夜更かしなだけのマトモな人だもの。
午前二時半。
あと一時間くらい頑張るか。
今度こそ、タイマーをセットして、キーボードに触れる。
この時間が、たぶん一番私らしくいられる。
────夜明け前
「君に土下座」
自分で言うのもなんだが、顔がまあまあ良くて、人当たりも良いから、女の子たちとはそれなりに交流していた。
特定の子と付き合ったりはしなかったけど。
そんな俺の行動が、君には理解出来なかったみたい。
いや、だって、男ってのは、女の子に声かけられたら嬉しいイキモノなんだよ。
付き合ったりはしないけど、それなりに楽しくやれたらいいなーって、そんな軽い気持ちだったんだ。
でも、それが君を傷つけていた。
今さら何を言っても信じてもらえないんだろうな。
それこそ物心つくかつかないかの頃から、ずっと、ずっと君のことが好きだ。
そのことを、どうしたら信じてくれるだろう。
本気なのは君だけだって。
「そんなこと信じられるわけない」
デスヨネー。
日頃の行いって大事だよな……
過去の自分をぶん殴ってやりたい。
なんだかんだで君は俺のそばにいてくれるから、調子に乗ってしまったんだ。
土下座しても、言葉を積み上げても、きっと足りない。
────本気の恋
「あの家には帰らない」
カレンダーをめくる。
残りの枚数を数えて、ため息をつく。
来年のカレンダーを買うかどうしようか、迷う。
備え付けのベッドも机も狭すぎて、会社の寮は本当に、ただ寝るだけの部屋。
私物はキャリーケースひとつ。
クローゼットの中にある服は、ダンボール二箱分くらいか。
いつだって、どこにだって行ける。
あの最悪な実家以外なら。
絶対に、絶対に、あの家には帰らない。
生きるために、家を出たのだ。
来年の今頃、何をしているのかわからなくてもいい。
その日暮らしのような日々でも、あの家にいるよりはマシだ。
寮に住めることが第一条件。職種は問わない。
スマホで求人情報サイトの検索結果をスクロールしていく。
夏は山小屋、冬はスキー場に住み込むのもいいかもね。
────カレンダー
「それでも私たちは幸せな方だった」
推しているバンドが解散した。
それでも私たちは幸せな方だった。
解散宣言はライブでだったし、その数ヶ月後に解散ライブ開催。
ラストアルバムのベストアルバムには新曲収録。
「ほら、私たちは恵まれている方だよ」
「公式サイトで解散を告知するだけのバンドやアイドルグループがどれだけいると思っているの?」
「そうだよね……私ら幸せな方だ」
他のバンドやアイドルグループと比べたって仕方ないのに。それに、そんなの、そのバンドやアイドルグループの人たちやそのファンに失礼だ。
それでも、そうでもしなければ、耐えられない気がした。どうか許してほしい。
ぽっかりと心に穴が空いたようだ──という表現がまさにぴったりだ。
その穴を埋めるために、私も彼女たちも、色々なことに手を出したり、思い出したかのように婚活を始めたり、仕事に打ち込んだり……
それぞれの道を歩みつつ、時々会って思い出話に花を咲かせ、再結成を待ち望む日々が続いた。
「もうさ……このまま再結成しなくても良いんじゃないかって思えてきた」
そんなあるときのお茶会で、ぽつりと呟いた子がいた。
私も心の何処かで思っていたこと。
「伝説は伝説のまま。思い出はこのまま綺麗なままでいいんじゃないかって」
解散して何年経っただろう。
新たな推しを見つけた子、二次元を覗き込む子もいたし、結婚したり、子供を産んだり、音信不通になった子もいる。
「今、再結成しても、昔みたいに追いかけられないし」
そう言う彼女は五年前に子供を産んだ、いわゆるシングルマザー。
「そうだね……」
私の他にも同じことを思っている子がいることに安堵する。
「私も」
そう言う私も結婚が決まっている。しかも結婚後は海外赴任する彼についていくのだ。少なくとも五年は向こうにいることになるだろう。
自然と窓の外を眺める。
あの頃、みんなでよく集まっていた店は、どんどん無くなっていった。
最後に残ったこの店も、いつまであるかわからない。
形あるものは、すべていつか無くなる。
永遠とか、絶対とか、そういうものを信じることができなくなるのが大人になることだと、彼らは言っていた。
推しのその言葉なんて、実感したくなかったよ。
────喪失感