「昨夜のことは、すべて私のせいだから」
夜が明けるまでに、この部屋を出ていかなくてはならない。
昨夜の出来事が夢だったと貴方に思わせるために。
あの夢のような時間は、夢でいい。
貴方と私は「そういう関係」には、なれないのだから。
すうすう……規則正しい寝息をたてている貴方。
そっとベッドから降りる。
手早く身支度して、昨晩の痕跡をひとつひとつ消していく。
消せないのは、私の記憶だけでいい。
ずっと、ずっと好きだったから、昨晩のことは夢だったことにしたい。
これからも、この関係を維持するために。
貴方が罪悪感を抱かないために。
貴方はまだ夢のなか。
そのままずっと、夢を見ていて。
そうすれば、私もずっと夢を見ていられるのだから。
────目が覚めるまでに
「自堕落な入院生活」
動けないわけではないけど、動く気持ちになれない。
スマートフォンの持ち込みや使用は禁止されていないけど、触る気力も起きない。
昼間は検査と食事以外は寝て過ごしているから、消灯時間である二十一時に眠れるわけがない。
個室ではないのに、まるでひとり部屋にいるかのようだ。
静かな六人部屋に響く空調の音は、余計なものを連れてきてしまう。
手術した箇所を気にしつつ、布団を被る。
こっそりとイヤフォンをつけて聴く、ラジオの深夜番組。
いつもの声に安堵すると同時に、いつもとどこか違うようにも聞こえ、不思議な気持ちになった。
眠りにつくのは明け方。
入院しているのに、昼夜逆転している。
昼間は平気なのに、夜になると襲いかかってくるそれのせい。
────病室
「明日が来るということは、絶望のようなもの」
『明日、晴れたらどこかに行こう』
「暑いからイヤ」
どうにかして私を外に連れ出したいアイツの誘いを突っぱねて、スマートフォンの電源を切った。
明日など来なければいい。
時が止まるより、私がこのままずっと眠り続けたほうが現実的。
それなのに、実現されないまま、季節が変わろうとしている。
いつの間にか眠っていて、朝になっていた。
あぁ、なぜ目覚めてしまったのだろう。
タオルケットに包まってため息をついていると、ドタドタと足音が聞こえてきた。
「さ、出かけるぞ!」
いくら幼馴染とはいえ、お互いもうお年頃なのだから、ノックもせずにドアを開けるのはやめてほしい。
「嫌だ。帰って!」
現実は見たくない。
夏が、来たのだ。
来なくてもいい今日を連れて。
────明日、もし晴れたら
「恋しいのは、ひとり」
それは、始めはただの疲労の蓄積かもしれなかった。
終わりのない忙しさは、私から判断力と気力、それからほんの少しの情を奪っていく。
ただ、会いたかった時期もあったはずなのに。
何もしなくても、会話がなくても、隣に居るだけでそれでよかった。
あなたに非があるわけではない。
だから、あなたのその純粋さで息ができなくなっていく気がする。
子供の頃から休日は家でゴロゴロしていた。
ひとりっ子だし、友達もいなかったから、暇つぶしは、気まぐれに読書をする程度。
それは大人になってからも変わらなかった。
それを崩したのは、あなたと付き合い始めてから。
あぁ元々の性質が違っていたからなのか。
しばらく会えないという文字を入力する。
躊躇わず送信した私は、近いうちにあなたと出会う前の生活に戻るのだろう。
────だから、一人でいたい。
「それって、どういうこと……」
「ずっとずっと友達だからね」
そんなことを、そんな目で言われたら、友達以上の関係になりたいなんて、言えやしない。
ずっとずっと友達。
その言葉に囚われて、動けなくなって十数年。
いまだに俺たちは友達だ。
住む街が変わっても、学生から社会人になっても。
その間、君に彼氏ができたことはない。
君はそれを嘆くけど、俺にとっては幸運でしかない。
だが、踏み込めないのは不幸でしかない。
「どうして彼氏出来ないんだろ。あたしそんなに女としての魅力無いのかな」
ぽつり。
呟いて視線を落とす君。
「そんなことないよ。むしろあり過ぎて……」
思わず口に出していて、口元を右手で隠す。
俺の顔を、君は見つめているのだろう。
────澄んだ瞳