「自堕落な入院生活」
動けないわけではないけど、動く気持ちになれない。
スマートフォンの持ち込みや使用は禁止されていないけど、触る気力も起きない。
昼間は検査と食事以外は寝て過ごしているから、消灯時間である二十一時に眠れるわけがない。
個室ではないのに、まるでひとり部屋にいるかのようだ。
静かな六人部屋に響く空調の音は、余計なものを連れてきてしまう。
手術した箇所を気にしつつ、布団を被る。
こっそりとイヤフォンをつけて聴く、ラジオの深夜番組。
いつもの声に安堵すると同時に、いつもとどこか違うようにも聞こえ、不思議な気持ちになった。
眠りにつくのは明け方。
入院しているのに、昼夜逆転している。
昼間は平気なのに、夜になると襲いかかってくるそれのせい。
────病室
「明日が来るということは、絶望のようなもの」
『明日、晴れたらどこかに行こう』
「暑いからイヤ」
どうにかして私を外に連れ出したいアイツの誘いを突っぱねて、スマートフォンの電源を切った。
明日など来なければいい。
時が止まるより、私がこのままずっと眠り続けたほうが現実的。
それなのに、実現されないまま、季節が変わろうとしている。
いつの間にか眠っていて、朝になっていた。
あぁ、なぜ目覚めてしまったのだろう。
タオルケットに包まってため息をついていると、ドタドタと足音が聞こえてきた。
「さ、出かけるぞ!」
いくら幼馴染とはいえ、お互いもうお年頃なのだから、ノックもせずにドアを開けるのはやめてほしい。
「嫌だ。帰って!」
現実は見たくない。
夏が、来たのだ。
来なくてもいい今日を連れて。
────明日、もし晴れたら
「恋しいのは、ひとり」
それは、始めはただの疲労の蓄積かもしれなかった。
終わりのない忙しさは、私から判断力と気力、それからほんの少しの情を奪っていく。
ただ、会いたかった時期もあったはずなのに。
何もしなくても、会話がなくても、隣に居るだけでそれでよかった。
あなたに非があるわけではない。
だから、あなたのその純粋さで息ができなくなっていく気がする。
子供の頃から休日は家でゴロゴロしていた。
ひとりっ子だし、友達もいなかったから、暇つぶしは、気まぐれに読書をする程度。
それは大人になってからも変わらなかった。
それを崩したのは、あなたと付き合い始めてから。
あぁ元々の性質が違っていたからなのか。
しばらく会えないという文字を入力する。
躊躇わず送信した私は、近いうちにあなたと出会う前の生活に戻るのだろう。
────だから、一人でいたい。
「それって、どういうこと……」
「ずっとずっと友達だからね」
そんなことを、そんな目で言われたら、友達以上の関係になりたいなんて、言えやしない。
ずっとずっと友達。
その言葉に囚われて、動けなくなって十数年。
いまだに俺たちは友達だ。
住む街が変わっても、学生から社会人になっても。
その間、君に彼氏ができたことはない。
君はそれを嘆くけど、俺にとっては幸運でしかない。
だが、踏み込めないのは不幸でしかない。
「どうして彼氏出来ないんだろ。あたしそんなに女としての魅力無いのかな」
ぽつり。
呟いて視線を落とす君。
「そんなことないよ。むしろあり過ぎて……」
思わず口に出していて、口元を右手で隠す。
俺の顔を、君は見つめているのだろう。
────澄んだ瞳
「絶対、大丈夫」
いつ最悪な状況になってもおかしくないはず。
それなのに、自分だけは大丈夫だと心のどこかで思っている。
それは、自然災害に対してだけではなく、他の様々な場面でもそうだ。
試験、仕事、人間関係その他……
どんな状況になっても絶対、なんとかなると、信じている。
「気楽でいいね」
よく言われた言葉。
羨ましいのか嫌味なのかわからないけど、私の都合の良いように解釈しておくことにする。
自分の生い立ちがどんなものだったかを思い返してみれば、あれ以上悪い状況になることなんて、そうそう無い。
だが、それを他人に話そうとは思わない。
すでに終わったことに対して、同情してほしいわけではない。まぁ、極力思い出したくないことではあるが。
他人の手を少し借りて、あの状況から抜け出せたのだ。
だから、これからも何があっても大丈夫。
「大丈夫。あなたは絶対大丈夫」
あの時私を助けてくれた人に恩返しをしたいから、今度は私がこの魔法のことばを誰かに唱える。
────嵐が来ようとも