「星が拗ねる」
カーブを描きながら、バスは山道を一定の速度で、ぐるりぐるりと降る。
遠くに見える夜景。
月が見えない日。
「街が明るいと、お星さまは拗ねちゃうの」
懐かしいことを思い出した。
我が母は、なかなか可愛らしいことを言う人で、私はそんなことあるわけないと思いつつも、母に合わせていたものだ。
街の明かりは光の海のよう。
その海へ向かって走るバスが揺れる。
────街の明かり
「カータリ」
信州の七夕は月遅れで行われる。
つまり、夏休み真っ只中。
祖父母の家で過ごす夏は、この月遅れの七夕から始まっていた。
東京の幼稚園で七月に七夕の飾り付けしたり短冊に願い事を書いて、そうめんを食べる。
そして、八月になると松本市の祖父母の家で『七夕ほうとう』という、茹でたほうとうに小豆やきなこをまぶしたものを食べていた。
東京での七夕と、松本での七夕は、同じ七夕だけど、別のもの。ひとつの行事で二度美味しいものだと、私は今も思っている。
「そうそう、七夕人形っていうのも飾るんだよ」
「七夕人形?」
「紙とか木の板でできてるペラい人形で、軒先に吊るすの。あ、大きなやつで子供の着物着せてる家やお店もあるよ」
「人形って、男雛と女雛?」
「いやいや、なんで?七夕だよ。織姫と彦星だよ。あと、カータリ人形」
「か、かた……なに?」
「川渡りする人なんだけど、天の川の水かさが増えたりしたときに、織姫担いで渡ってくれる足がすごーく長い人形なんだよ」
説明しながら、スマホで画像検索して見せる。
「マジで足ながっ!ていうかリスクマネージメントすげーな」
「リスマネ……たしかに!」
「ね、生で見たくない?」
そう言って、私は彼氏を松本への日帰り旅に誘うのだった。
────七夕
「ふたりだけの写真」
「あーそうかぁ、そうだよなぁ……」
「どうしたの、頭抱えて」
「いや、ほら、披露宴で流す映像で使う画像探してるんだけど」
「うん」
「俺たちの場合、友人関係だった期間があまりにも長いからその……」
「その?」
「恋人らしい写真が、ない……」
「みんなと撮った写真ならあるでしょ」
「あるけど、あるけどさぁ!」
「どうせみんな私たちのことわかってるから、いいんじゃない?」
「え……いいの……?」
そもそも、友人関係だった期間が二十年超えてしまった理由の大半は、そちらにあるのだ。今さら何を言っているのだろう。「やっとくっついたか」と共通の友人全員に言われたことを思い出してほしい。
「いいなら、いいけど……」とか「なんかなぁ」と呟いている彼を見つめる。
ぶつぶつ言っている暇があったら、使う画像選んでほしい。というか、言いたいことがあるならハッキリ言ってほしいのだが……
「じゃあ、今度の休みにどこか出掛けて撮る?」
私の提案に、ぱぁっと嬉しそうな顔をする彼。
愛いやつめ。
あー、私も大概だなぁ……
────友だちの思い出
「記憶の空」
子供の頃、自分が住む東京の空と、祖父母が住む田舎の空は違う空だと思っていた。
昼間は青い色の濃さが違うし、夜は星の数が違うから。
もしも都会の灯りが全て消えたら、どれくらいの星を見ることができるのだろう。
手を伸ばす。
片手で足りてしまう空の光の数。
祖父母の家からは、天の川も見えたのに。
今はもう無い祖父母の家の庭から見た空。
記憶はどんどん薄れていくのに、あの星空だけは覚えている。
それを忘れたくなくて、もっと多くの星を見たくて、私は辺鄙な場所を選んで旅に出る。
────星空
「あまやどり」
本来なら、出会うはずがなかった。
生まれた地域も、住む地域も、趣味も、なにもかも違うふたり。
なぜ、あのときこの街に来たのか。
面倒だからと旅行なんてしないのに。
しかも有名な場所でもなんでもない場所。
なぜ、あのときあの店に入ろうと思ったのか。
雨宿りできる場所なんて、他にもあったというのに。
雨ではないもので頬を濡らしていた君に声をかけてしまったのは、偶然なのかそれとも……
────神様だけが知っている