「茨の道」
「君が進みたいのは、茨の道だぞ」
あの人はそう言いつつも、その道を歩きやすいように整備してくれていた。
そのことに気がついたのは、だいぶあとになってからだったが。
「ここから先は、君の好きにすればいい」
そう言って背を向けたあの人を追いかけて、ずっと追いかけて、今も追いかけている。
あの人が天へ還っても、ずっと。
だから、あの人と同じように君の進む道を、茨の道から人がギリギリ歩けるくらいの道に整備している。まだ若い君には気付かれないように。
────この道の先に
「アルミシート」
雨戸がないこの部屋は、遮光カーテンをかけていてもカーテンレールの上から朝陽が差し込んでくる。
引っ越してきた当時は冬だったので気ならなかったが、日の出時刻が早まるにつれ、あまりの眩しさにアラームの設定時刻よりも早く目を覚ますようになってきたのだ。
「とはいえ、あまりお金はかけられないし……」
とりあえず、百均でアルミシートを購入し、カットしてカーテンレールの上にセットしてみる。
なかなか良いが、見た目があまり良くないのが難点。
「ま、彼氏もいないし。誰か泊まりに来るわけでもないし。いっか」
翌月、彼氏が出来ることを、この時の私はまだ知らない。
────日差し
「夜空に咲く花」
腹に響く振動に、胸が高鳴る。
部屋の灯りを消して、カーテンを開ける。
やはりこちら側だ。
この時期、この時間に窓を開けてしまうと、虫が入ってくる。
一瞬、躊躇して、結局開けてしまう。
色鮮やかな、空に伸びる光が咲き乱れる。
「自治体名 花火」で検索すると、届出済の花火の予定一覧が表示された。
「学校行事による……」
あぁ、そうか文化祭か。
文化祭の後夜祭の花火なのだろう。
漫画や映画の中でしか存在していないと思っていた。
生まれる場所が違ったら、育った地域が違っていたら、もしかしたら、漫喫していたかもしれない青春。
脳内で浮かんで消えていく。
最後、一番大きな花が咲いて、散る。
手を伸ばしても、届かないそれに蓋をするように窓を閉めた。
────窓越しに見えるのは
「スカートを翻して」
「探検ごっこ」と称した遊び。
家と家の間の細い所を通り、塀を登って降りていく。
ビリッ。
嫌な音と感覚がしたから、着地してすぐにスカートの裾を確かめた。
「あーあ……やっちゃったぁ」
「どうしたの?」
「スカート破けたー……どうしよ……」
これは、確実に母に怒られるだろう。
六年生にもなって、近所の男の子たちに混じって探検ごっこなんてしているからだ、と。
「ダッセー」
「うるさいなぁ。もー、さいあくー!」
「ちょっと待って。僕、裁縫道具持ってる」
ひとつ年下の男子が手を挙げた。
「あー、でも糸、赤いのと青いのしかない……」
「いいよ。別に」
隅に移動し、借りた針と赤い糸でささっと縫う。これは応急処置だ。家でちゃんと縫い直せばいい。
「糸、今度返すから」
「いいって、そんなの」
「そう」
「うん」
「ありがと」
※
「……って、ことがあったなぁ……」
「もー、何年前の話」
「この子もお転婆になるんだろなぁ……」
「やめて……」
いまだに夫はあの時のことを持ち出す。
────赤い糸
「数日ぶりの空」
分厚い遮光カーテンの向こうが眩しいのはわかっていたのに、なぜ外を見ようと思ってしまったのだろう。
澄んだ青い空。
もこもこと盛り上がっている、雲。
外を見るなんて、何日ぶりだろう。
カーテンを握りしめたまま、動けない。
雲が形を変えていく。
暑くなりすぎて悲鳴を上げた大地が、空に白い雲を伸ばしているのだ。雨を降らせてくれよ、と。
降ってしまえ。降ってしまえ。
開放感と暑さに浮かれた子供たちの甲高い声。
降ってしまえ。降ってしまえ。
どんな時にも、誰の頭の上にも、太陽は昇る。
それならば、どんな時でも、誰の身にも、雨は降る。
降ってしまえ。降ってしまえ。
捻くれた考えでしか、自分の機嫌を取れなくなってしまった私の頭の上にも、太陽は昇り、雨を降らせる。
降ってしまえ。降ってしまえ。
数日ぶりに、昼間に出かける準備を始める。
雨に濡れるのは好きではないが、傘で顔を隠せるのは悪くない。
────入道雲